ミテンの本棚 > 体で感じる・心が育つ | ||||||
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![]() 私は母が大好きでした。結婚して30年。私は母からただの一度も、文句や小言をいわれたことがありません。母が、そんな言葉を口にしたのを聞いたことがなかったからでした。だから、私も、ただの一度も、母のことを悪くいったことはありません。悪くいう理由すら存在しなかったのです。 昨年の夏、不思議なことが起こりました。私は、母と別れ際に、必ずハグをします。昨年の夏も、いつものようにハグをしました。すると、母が、ハグのあとで、私に向かって両手を合わせたのでした。まるで、仏さまに向かってするように・・・。私はその意味を、その時は理解できませんでした。そして、それが、母が元気でいるのを見た最後になったのでした。 今年の1月に脳梗塞で倒れた母は寝たきりになり、言葉も失いました。それ以来、私は、一方的に母に話しかけることになったのでした。話しかけるたびに、母はこっくりと頷きます。そして、透きとおった瞳で、瞬きもせずに私の顔をじっと見ています。それは、「何もいわなくてもちゃんとわかっているから」そういっているように思えました。 棺の中の母に最後のお別れをしながら、私は、昨年の夏の、母の姿を思い起こしました。その姿は、あの日以来、私の心に刻まれて、決して消えはしなかったからでした。「ありがとう」母は、そういいたかったのでしょうか? あの日の手を合わせた母の姿。そして、病床において、私をじっと見つめる瞳。私は、その一連の母の姿に、「悟り」を見た気がしたのでした。 ![]() 母は、口数の少ない人でした。暇さえあれば、畑の草むしりをしていました。私は、その丸まった後ろ姿を見るたびに、母の優しさと、愛情の深さを感じました。後ろ姿ほど、その人の持つ人間性を語るものはないのだ、今、そのことを強く感じています。どんなに雄弁に語ったところで、中身が伴わなかったら、その言葉は何の重さも持たないのです。だからこそ、何も語らなくても、その人間性が魅力的であればあるほど、それは、後ろ姿にさえ溢れ出てくるものなのです。 私は、この1ヵ月、1年ほど書き続けた4つのブログを更新していません。それは、自分の書いた文章への責任を強く感じるようになったからでした。「毎日更新すること」そのことをノルマとし、それは少しも苦にはなりませんでした。毎日、原稿用紙10枚以上の文章を書くことは日課でしたし、「書きたくなくても書く」ということを自分にノルマとして課すことが、私にとっての大きな力になると考えたからでした。 ![]() 「私が書いた文章は私そのものである」 私が書いた文章は、この一年間で、延べ人数にして何百万という人に読まれています。facebook登録後は、その数がさらに増えました。出会ったこともない数え切れないほどの人々は、私という人間を私の書いた文章で判断するしかないのです。そうなったとき、果たして私は、私の書いた文章に責任が持てるのか?私はそう考えたのでした。「ブログの文章は、いざとなったら削除すればいい」どこかにそんな安易な考えがあったかもしれません。インターネットにつながれたブログ用のパソコン(仕事用のパソコンは別にあります)を開かない日々が続くと、私は、それがなくてはならないものではない、ということに気づきました。そして、今まで見えていなかったことが見えてきたのでした。 母の姿を思いながら、「どうして私は文章を書いているのか?」そのことをもう一度考えてみたのでした。私が書くべきことは何なのか?そう考えたときに、私には、書きたいことが山ほどあることに気づきました。それらの原稿を整理していたら、原稿用紙1000枚を超えました。他にも、まだまだやるべきことが山積みです。果たして生きている間にこれらのものを、人に見せられる形に完成することができるのだろうか? そう考えたのでした。 ![]() 目の前のたくさんの原稿を前に、呆然としつつ、でも、ひとつずつ整理しているところです。 いつか必ずそれを素晴らしい形で完成させますので、どうか楽しみに待っていてください。 さて、このところのマイブーム、それは、「中国史」です。DVDで、「三国志」全50巻ほど、お話にして100話近くを見終えました。今は、「孫子の兵法」のDVDを見ています。それらを見て感じたことは、「人は、言葉によって、人を生かすことも殺すこともできる」ということでした。もちろん、これまでも、「言葉の魔力」というタイトルでコラムを書いているように、言葉の持つ力については述べてきていますが、その力が半端ではないことを意識しなおしているところです。だからこその、言葉を越えたものの大切さを感じています。 現在、中国史に関する本をはじめ、何冊もの本が机の上に山積みになっています。来月のコラムは、いよいよ今年最後になりますので、これらの中国史に登場する策士たちの攻防をもとに、言葉の威力について「悩まない」というタイトルで書こうと思っています。「霧が晴れるように悩みがなくなる」とまではいきませんが、ストレスもプレッシャーもあまり感じなくなり、何のしがらみにも縛られず、虚勢を張ることもなく、自然体で生きられる方法を(現在の私はそうして生きているつもりですが)、少しはお伝えできるかもしれません。 ![]() |
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2011-11-01 更新 | ||||||
2007
| 12
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著者プロフィール | ||||||
原田 京子(はらだ きょうこ) 1956年宮崎県生まれ 大学院修士課程修了(教育心理学専攻) 【著書】 児童文学 『麦原博士の犬語辞典』(岩崎書店) 『麦原博士とボスザル・ソロモン』(岩崎書店) 『アイコはとびたつ』(共著・国土社) 『聖徳太子末裔伝』(文芸社ビジュアルアート) エッセー 『晴れた日には』(共著・日本文学館) 小説 『プラトニック・ラブレター』(ペンネーム彩木瑠璃・文芸社) *********************** ※ブログのアドレス(※モバイルでは正しく表示されない場合がございます。 ) 「彩木瑠璃の癒しの庭」 http://ameblo.jp/akylulu/ 「彩木瑠璃の心の筋トレ」 http://blog.livedoor.jp/saikiruri/ 「ラピスとめぐる世界の旅」 http://lulu.blogzine.jp/ |
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