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宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.88 井伊家は延岡内藤家と養子・婚姻関係にあった
前 田 博 仁 ( 宮崎民俗学会副会長 )
 毎週、NHKの大河ドラマ「おんな城主直虎」を観ている。毎年大河ドラマは観ているが、今年はタイトルから二点に興味をもった。その一つ、男尊女卑が普通であった時代「女の城主」がいたのか、もう一つは名前が直虎という男の名前であること。弱肉強食の戦国時代は裏切りや騙し、計略、策略など日常茶飯事で勝ち残ることが第一であった。城主が女であることは秘密であり、名前を男名にすることは現代の人間でも容易に理解できる。

 井伊一族は遠江(静岡県西部)の豪族で在国司(平安・鎌倉時代の役人で、現地に赴任した国司)であったらしく、井伊谷(いいのや)に住したので井伊を名乗った。はじめ今川氏に仕えたが、直政は徳川家康に仕えて信頼され、関ヶ原戦では本多忠勝とともに大功をあげ、近江佐和山18万石の城主となった。井伊氏は譜代大名の最重鎮で幕末までに大老を5名もだし、常に幕政に参与した。

 幕末の大老井伊直弼(なおすけ)が、日米通商条約や将軍後継ぎ問題をめぐって安政の大獄を起こし、水戸・薩摩の浪士によって江戸城桜田門外で暗殺されたことは有名な話である。

 直弼の実姉が延岡内藤藩第6代政順に嫁いでいる。34歳のとき夫が没し充眞院を名乗った。
 大河ドラマの多くは現在の愛知や岐阜、静岡、長野、京都辺りが舞台となり、日本の端に位置する宮崎が登場することはないが、今回は井伊が主人公ということで内藤充眞院を思い出した。

 文久2年(1862)参勤交代制の緩和で、江戸に住まわされている大名の妻などは藩にかえされることとなった。充眞院も延岡へ帰ることになるが、「おほやけの命におふし、去年(文久2年)の冬より諸家の奥向わか国へこせよとの仰にて、なれし東を跡にして立せ給ふ、(略)老に成まてひとたひも東をはなれし事もなく、はるばるの遠き旅路もうき事と思ひつれ(略)」(『内藤充眞院道中記』)と日記の冒頭で書いている。幕府から藩へ帰れとの触れがあったが、生れてこれまで一度も江戸を離れたことがなく、60数歳となって延岡までの遠い遠い旅も気が進まないと記している。

 充眞院は34歳の若さで夫と死別、明治13年(1880)79歳で没し永い隠居暮らしであったが、直弼の死後もう一人の弟である政義が内藤家に養子(第7代藩主政義)に入ったので、寂しい老後ばかりではなかったのでないか(『内藤充眞院道中記』)としている。井伊家と内藤家は共に譜代大名であったことから婚姻、養子などが行われたのであろう。

資料:『内藤充眞院道中記』宮崎県立図書館、『宮崎県史通史編近世上』宮崎県
2017-03-28 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
1942年宮崎市生まれ 宮崎大学学芸学部卒 県内小学校、宮崎県総合博物館、県文化課、県立図書館、宮崎市生目台西小学校校長等歴任、定年退職後きよたけ歴史館館長
現在、宮崎民俗学会副会長、清武町史執筆員、県伝統工芸審議会委員

【著書】
『鵜戸まいりの道』(私家版)
『歩く感じる江戸時代 飫肥街道』(鉱脈社)
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史 民俗編』
『北浦町史』
『日向市史』
『角川日本地名大辞典 宮崎県』(角川書店)
『郷土歴史大事典 宮崎県の地名』(平凡社)
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