宮崎みんなのポータルサイト miten !でグルメ・イベント等の生活情報をチェック!
チラシ特集2017 4月
ユーザー名:
パスワード:
トップ | 無料会員FAQ | サイトマップ | リンク集 |
すべて 食べる
遊ぶ 買う
キレイ 暮らす
健康 医療・福祉
でかけてmiten
買ってミテン
働いてミテン
ミテンの本棚  >  宮崎、歴史こぼれ話

宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.69 行倒れ六部の温情ある扱い
前 田 博 仁 ( 宮崎県民俗学会副会長 )
 享保15年(1730)7月8日長門国(山口県)六部一人が高鍋藩高城(木城町)で病気になったので竹製の輿に乗せ宿送りしたという報告に、病人を送ることは無慈悲の行為、病気介抱するよう仰せられたというもの。
 六部とは六十六部のことで、日本国内66ケ国の国分寺や一之宮に大乗妙典を奉納して廻国する者を言い、これらは「奉納大乗妙典六十六部廻国供養塔」という石塔を各地に建立、宮崎県内に凡そ100基確認されている。廻国供養塔に刻んである出身地をみると北は陸奥から南は薩摩まで、壱岐とか対馬など離島の国を除くと殆ど全国に至りその数は数百人に及ぶ。
 延享3年(1746)7月8日坂本で行倒れた六十六部の介抱していた庄屋に、十日過ぎても治らなければ食糧料などは藩から支給すると伝え、寛延元年(1748)9月20日には高城椎木で六部二人が盗賊に遭い、藩は怪我の養生を命じている。
 高鍋藩は行倒れた旅人に対し治療や介抱など温情のある対応をしている。しかし村内で旅人が病で倒れたり怪我したりした場合、村役たちは一応医師に診せるが竹で輿を作成して病人を寝かせ4人が担いで村境まで送った。村継ぎで病人の生国まで送る仕組みは全国的にあった。村役たちは村内で死去すると後が厄介であるから、死ぬかも知れない旅人でもできるだけ早く隣り村まで送り、送って仕舞えば一件落着ということであった。
 冒頭に登場した六部は藩から介抱せよとの指示が来たときは既に村継ぎで送られており、なんと豊後国浜脇(大分県)まで、しかし浜脇の庄屋が受取りを拒否、また村継ぎで高鍋藩まで送り返されている。藩は養生してやるよう指示した。浜脇庄屋が拒否した理由は不明、でもなぜ高鍋まで送り返さなくてはいけなかったのか。
 なお、日向国に於ける六十六部についてはmiten「みやざき風土記」の「六十六部廻国供養塔」を参照されたし。
(宮崎の六十六部廻国供養塔(1))
(宮崎の六十六部廻国供養塔(2))
(宮崎の六十六部廻国供養塔(3) 行倒れ)

◆参考資料
『宮崎県史料第二巻 高鍋藩拾遺本藩実録』宮崎県立図書館
『宮崎県史料第一巻 高鍋藩本藩実録』宮崎県立図書館
2015-08-25 更新
2024 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05
2023 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2022 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10
2021 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2020 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2019 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 11 | 12
2018 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2017 | 01 | 02 | 03 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2016 | 01 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2013 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 12
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
1942年宮崎市生まれ 宮崎大学学芸学部卒 県内小学校、宮崎県総合博物館、県文化課、県立図書館、宮崎市生目台西小学校校長等歴任、定年退職後きよたけ歴史館館長
現在、宮崎県民俗学会副会長、清武町史執筆員、県伝統工芸審議会委員

【著書】
『鵜戸まいりの道』(私家版)
『歩く感じる江戸時代 飫肥街道』(鉱脈社)
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史 民俗編』
『北浦町史』
『日向市史』
『角川日本地名大辞典 宮崎県』(角川書店)
『郷土歴史大事典 宮崎県の地名』(平凡社)
(1) 2 3 4 5 6 7 8 9 10 » 
PopnupBlog 3.0 Denali-1225 created by Bluemoon inc.  
e87.com(株式会社千趣会イイハナ)
富士通パソコンFMVの直販サイト富士通 WEB MART