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宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.68 キリシタン風評で失脚した矢野儀朝
前 田 博 仁 ( 宮崎県民俗学会副会長 )
 寛永17年(1640)9月8日、鵜戸参詣の帰路鳥居峠で22歳の内田萬寿(寿法院)がにわかに神懸かりとなり、それより種々の妖言を発し自らも神通を得たりと言い神女と称して神託や奇行を行い、榎原を鵜戸山再誕の地として榎原権現が創建された。榎原地福寺の住職精能や鵜戸山別当実祐らはこの動きを煽った。藩は幕府の宗教政策の影響もあって家老矢野儀一(よしかず)は民衆を惑わすと寿法院を弾圧し一時下火となるが、寛文10年(1670)寿法院が没し、寿法院を祀る桜井大権現が造営され、さらに家老矢野儀一も没すると再び信者が増加した。家老矢野儀朝(よしとも)が再び弾圧するが、寿法院を崇める者たちは儀朝がキリシタンであるとの風評を広めた。

 元々、矢野家は元弘(1331〜1334)の初期、矢野義元のとき日向国に下向、瀬平(日南市)に居城し七浦を領していた武将である。
天正15年(1587)伊東祐兵は豊臣秀吉から飫肥を拝領したが、飫肥城には島津家臣上原長門守がおり明け渡さないでいた。秀吉の上使を長門守が殺し、長門守の嫡子城之助が上使殺害の罪で斬罪されるなか、義元10世の孫矢野儀照が使者となり種々利害を説明、その結果長門守が城を明け渡したこと、また、慶長5年(1600)の宮崎城攻めのとき矢野義照は2番手大将として活躍したこと、つまり伊東家存続の重大な出来事、「飫肥城受取り」や「宮崎城攻め」のとき身を捨てて貢献、飫肥では伊東家中興以来第一の名臣と評価され、儀照の孫儀一とその子儀朝は家老に任じられた。

 儀朝は幼い頃から才知に優れていたが病弱で京都で2年ほど療養、その間学問に勤しんだ。父儀一の後を継いで家老となり父と同様弾圧するが、京都療養中にキリシタンを信仰したとの落書があり、儀朝は否定するがキリシタンは幕府禁制の重大事、藩は儀朝を追放した。
 日南市南郷町に榎原神社が鎮座その脇社として内田萬寿を祀る桜井神社がある。


  ◆参考資料:『日向纂記』『日向地誌』『宮崎県史 通史編 近世上』
2015-07-28 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
1942年宮崎市生まれ 宮崎大学学芸学部卒 県内小学校、宮崎県総合博物館、県文化課、県立図書館、宮崎市生目台西小学校校長等歴任、定年退職後きよたけ歴史館館長
現在、宮崎県民俗学会副会長、清武町史執筆員、県伝統工芸審議会委員

【著書】
『鵜戸まいりの道』(私家版)
『歩く感じる江戸時代 飫肥街道』(鉱脈社)
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史 民俗編』
『北浦町史』
『日向市史』
『角川日本地名大辞典 宮崎県』(角川書店)
『郷土歴史大事典 宮崎県の地名』(平凡社)
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