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宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.60 黒田官兵衛が日向国に来ていた(1)
前 田 博 仁 ( 宮崎県民俗学会副会長 )
 NHKの大河ドラマ「軍師官兵衛」は数回を残して終わるが、あの黒田官兵衛が今から427年前天正15年(1587)、現在の木城町に来ていた。
 黒田官兵衛が活躍した時代は日向国(宮崎県)も紛れもなく戦国の世であった。
 日向国は今の西都市都於郡を拠点とした伊東氏が勢力を持ち、薩摩(鹿児島)島津氏と飫肥(日南市)や三股(三股町)などをめぐって100年もの間戦を繰り返していた。
 都於郡伊東氏が最も領地を広げたのは15代領主伊東義祐のとき、北は高千穂や門川(但し今の延岡市辺りは除く)、南は日南・串間、西は須木・小林まで領有していた。
 元亀3年(1572)義祐は島津義弘が守っていた飯野城(えびの市)に戦を仕掛けた。しかしこの戦いは伊東氏側が大敗し、5年後の天正5年(1577)義祐らは豊後(大分県)の大友宗麟を頼って逃げた。後に飫肥藩主となる伊東祐兵も父義祐と行動を共にした。前述の「天正五年丁丑伊東氏北走」とあるのがこの事を指す。翌年、大友宗麟は島津氏が新たに支配するようになった日向を攻め取ろうと大軍を送るが、島津軍に小丸川(木城町)と耳川(日向市)で大敗、この後島津氏は熊本を始め九州の殆どを掌中に収め大友宗麟の領土も脅かしたため、宗麟は天下人豊臣秀吉に会い窮状を訴えた。秀吉は大友・島津の和議を奨めるが島津氏が拒否、天下統一を目指していたので島津の勢力拡大は見過ごすことができず九州(島津)征伐を決めた。
 秀吉は九州の西側を、秀吉の弟羽柴秀長は東側つまり豊後から日向へと攻め込んだ。秀長のもとには黒田官兵衛が軍奉行となり、小早川隆景・吉川元長・宮部継潤・蜂須賀家政などの諸将と8千の兵で日向へ進撃した。日向国に入ると伊東祐兵は地形などに詳しいと官兵衛の下で働くことを命じられ積極的に活動した。
 薩摩領となった日向各地にいた旧来の家臣達は、祐兵が帰ってきたことを知り、我も我もと涙を流して出迎え、また都於郡や佐土原辺りの者たちは夜陰に紛れて、陣中に兵糧を持ってきた。
 木城町役場脇の県道312を茶臼原に向かって南下すると、カーブの多い上り坂となり漸く登りきったと思う辺りが「陣の内」という地名で、いかにも戦に関連したことを想起させる。その辺りが根白坂である。秀長軍の武将宮部継潤は深さ2間(3.6m)、幅3間の堀を掘り、土を盛って土塁とし木や竹で柵を作り、そこには鉄砲隊を配置した。
 島津勢は夜襲を仕掛けるが突破できず300人程を失った。記録では明確でないが宮部継潤の策は官兵衛の指示だったのかもしれない。9年前の天正6年(1578)大友勢に大勝し、地形も熟知した小丸川で島津勢は総力戦を挑むが、軍師官兵衛をいただき戦巧者の揃った羽柴軍には島津戦術も通用せず根白坂(木城町)で大敗、中央軍勢の桁違いの戦力を認めざるを得なく島津氏は降伏した。
2014-11-25 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
1942年宮崎市生まれ 宮崎大学学芸学部卒 県内小学校、宮崎県総合博物館、県文化課、県立図書館、宮崎市生目台西小学校校長等歴任、定年退職後きよたけ歴史館館長
現在、宮崎県民俗学会副会長、清武町史執筆員、県伝統工芸審議会委員

【著書】
『鵜戸まいりの道』(私家版)
『歩く感じる江戸時代 飫肥街道』(鉱脈社)
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史 民俗編』
『北浦町史』
『日向市史』
『角川日本地名大辞典 宮崎県』(角川書店)
『郷土歴史大事典 宮崎県の地名』(平凡社)
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