宮崎みんなのポータルサイト miten !でグルメ・イベント等の生活情報をチェック!
働いてミテン
ユーザー名:
パスワード:
トップ | 無料会員FAQ | サイトマップ | リンク集 |
すべて 食べる
遊ぶ 買う
キレイ 暮らす
健康 医療・福祉
でかけてmiten
買ってミテン
働いてミテン
ミテンの本棚  >  宮崎、歴史こぼれ話

宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.54 参勤交代では江戸まで何日かかったか
前 田 博 仁 ( 宮崎県民俗学会副会長 )
 日向国から江戸まで何日位費やしたか、海路では汐掛り(*1)や風待ち、陸路では増水による川止めなどがあり年によって異なる。
 延岡藩の参勤交代日記があるのでそれを見てみる。
 寛政6年(1794)の参府は32日であった。その内東海道は15日間であった。この年は佐賀関で5日間の風待ちがあったが他は順調で、東海道も川止もなく江戸に着いた。
 文政元年(1818)は41日間、そのうち東海道は16日であった。川舟で方財島まで下るがそこで4日風待ちする。漸く出帆して米水津(大分県)で8日間、佐賀関で3日間と、都合15日間の風待ちがあった。東海道は順調で16日であった。
 文政5年(1822)は島野浦、佐賀関、室津、姫路江嶋など2、3日の風待ちと東海道は興津で川止めがあり44日間、東海道は18日であった。延岡藩はときに中山道の使用があったが江戸・大坂間は参府も帰邑も19日間である。
 飫肥藩は天保14年(1843)参府のとき38日掛り、その内東海道は15日間であった。佐土原藩は安永4年(1775)参府のとき43日掛かり、その内東海道は18日間であった。このとき細島・大島・永目・佐賀関・鞆など都合10日前後の汐掛り(*1)があり、藩主は室津で上陸し陸路大坂に向かった。なお、日記をつけた藩士は船で大坂に行っている。大坂、細島間の航海、汐掛り(*1)がなければ何日で行けたかということであるが、平部きょう南(*2)の『六鄰荘日誌』次のような記述がある。
 「弘化元年(一八四四)七月二十一日、公来る、二十四日江戸発駕の布告あり、俊良(平部きょう南)(*2)は兼ねて駄賃大払を命じ置かれければ、今日公駕に先立って江戸を発す、(略)八月十五日、大阪川口を出帆ありけるが順風吹き続きければ、海上恙なく同じ二十二日細島に入る」
大坂、細島間は順調であれば八日であったことが分かる。
 細島から大坂へ行く船は各藩所有の船であった。飫肥藩では発駕に先立って関船を細島へ廻していた。

*1 汐待ちで船が停泊すること。
*2「きょう」は山偏「山」に「喬」と書く。

参考資料
 『日南市文化財調査資料集飫肥藩の資料兄俺亳鯊(1)』
 『内藤家文書』明治大学博物館
2014-05-20 更新
2024 | 01 | 02 | 03 | 04
2023 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2022 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10
2021 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2020 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2019 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 11 | 12
2018 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2017 | 01 | 02 | 03 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2016 | 01 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2013 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 12
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
1942年宮崎市生まれ 宮崎大学学芸学部卒 県内小学校、宮崎県総合博物館、県文化課、県立図書館、宮崎市生目台西小学校校長等歴任、定年退職後きよたけ歴史館館長
現在、宮崎県民俗学会副会長、清武町史執筆員、県伝統工芸審議会委員

【著書】
『鵜戸まいりの道』(私家版)
『歩く感じる江戸時代 飫肥街道』(鉱脈社)
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史 民俗編』
『北浦町史』
『日向市史』
『角川日本地名大辞典 宮崎県』(角川書店)
『郷土歴史大事典 宮崎県の地名』(平凡社)
(1) 2 3 4 5 6 7 8 9 10 » 
PopnupBlog 3.0 Denali-1225 created by Bluemoon inc.  
e87.com(株式会社千趣会イイハナ)
富士通パソコンFMVの直販サイト富士通 WEB MART