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宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.44 上使橋
前 田 博 仁 ( 宮崎県民俗学会副会長 )

 清武町新町(宮崎市)南に流れる清武川に「上使橋(じょうしばし)」が架かっている。江戸時代は橋が架かっていなく幕府使者「上使」が通る時だけ橋を架けたことから、その名が付いたと伝える。
 江戸時代、清武は飫肥領内、「清武郷」と呼ばれ家老クラスの地頭が治めていた。飫肥城下から凡そ40km、西と北に薩摩・佐土原と中世から宿敵島津氏が控え、また清武川流域は領内有数の穀倉地、戦略的経済的にも重要な地域であった。
 郷内には南北に飫肥街道が通り、清武郷新町は飫肥へ南下する、飫肥から宮崎へ北上する多くの旅人が宿泊する、言わば宿場町としての役割があった。それにも関わらず架橋されなかったのは、薩摩への備え戦略的配慮であったと思われる。
 上使は薩摩(鹿児島県)から都城(宮崎県)を経て飫肥(宮崎県日南市)に入り、飫肥から清武と行程は決まっていたようだ。薩摩領都城の寺柱(宮崎県三股町)に宿泊した上使一行は飫肥へ向かうが藩境である峠の手前、中の峠という平地で茶の接待を受け、峠を越えて飫肥に入った。、飫肥領内では酒谷(日南市)、城下、山仮屋、清武の4か所が宿泊地であった。
 架橋されていなかったことは、文化14年(1817)9月22日、高鍋藩主秋月種任が飛び地福嶋の巡見で清武を通過した際、清武地頭が舟・人夫を用意し一行を渡していることから分かる。
 江戸幕府の使いは上使と巡見使があり、上使は江戸幕府から諸大名などに上意を伝えるために派遣した使者をいい、先方の身分または場合によって、老中・奏者番・高家(こうけ)・小姓・使番などが適宜任ぜ、巡見使は将軍の代替わりごとに各地に派遣された政情・民情視察使で、使番1人に小姓組番・書院番から2人を差し添え、総員35人だった。
 県内各藩史料を見る時、上使・巡見使は明確に書き分けてなく、巡見使が上使とされていることが多い。清武領民は幕府使者を上使と理解していたのであろう。

『庄内地理志』都城市、『宮崎県史料、第4巻高鍋藩続本藩実録(下)』宮崎県立図書館、『日本史辞典』角川書店
2013-07-23 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
1942年宮崎市生まれ 宮崎大学学芸学部卒 県内小学校、宮崎県総合博物館、県文化課、県立図書館、宮崎市生目台西小学校校長等歴任、定年退職後きよたけ歴史館館長
現在、宮崎県民俗学会副会長、清武町史執筆員、県伝統工芸審議会委員

【著書】
『鵜戸まいりの道』(私家版)
『歩く感じる江戸時代 飫肥街道』(鉱脈社)
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史 民俗編』
『北浦町史』
『日向市史』
『角川日本地名大辞典 宮崎県』(角川書店)
『郷土歴史大事典 宮崎県の地名』(平凡社)
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