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宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.43 県民意識を結束させた皇太子の宮崎行啓
前 田 博 仁 ( 宮崎県民俗学会副会長 )
 内海小学校(宮崎市)正門を入ってすぐ右手に大きな記念碑が建っており、自然石中央に「皇太子殿下御休憩所之跡」とその脇に「元帥伯爵東郷平八郎書」の文字がある。
 明治40年(1907)大正天皇が皇太子のとき宮崎行啓をされるが、未だ鉄道も開通していなく軍艦で来られた皇太子は内海の港に上陸され小学校で休憩された。その時の記念碑である。
 10月31日、朝8時油津港を駆逐艦響で出港された。鵜戸神宮参拝のため鵜戸崎の西に滞船、新造のランチ(*1)に乗り換えられて上陸の予定であったが、北風が強く前日来の高波は収まらず急遽大迫貞武東宮侍従の代拝となった。
 午前10時12分御召艦が内海港に現われ、皇太子は御出迎えの舟で上陸。内海小に設えられた休憩所に入られ、村木東宮武官長、東郷元帥、永井知事等が随った。そこで昼食をとられ知事から内海や付近の説明を聞かれた。内海の家々では国旗や提灯を掲げ、花火をあげて歓迎、折生迫の漁夫25人が舟2艘で地引き網漁を行った。
 宮崎行啓最初の上陸地となった内海では、このことを後世に残そうと記念碑建立に至り、揮毫を日本海海戦でロシア艦隊を破り国民的英雄となった東郷元帥に依頼した。東郷はこの時の朝鮮半島から長崎、鹿児島そして宮崎の行啓に供奉している。碑裏面には有吉忠一宮崎県知事の撰が刻んである。

 さて、この行啓は鵜戸神宮、青島神社、宮崎神宮、狭野神社の参拝であった。尤も高原の狭野神社は高辻宣麿東宮侍従が代拝、つまり日向神話に登場する彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)−鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)−神武天皇を参拝するのが第一の目的であった。
 初めての皇族来県に県は大掛かりな奉迎を計画した。折生迫から国富小前さらに城ヶ崎、中村の沿道には都城や小林、延岡、西臼杵など県内小中学校の児童生徒およそ1万8千人を動員、皇太子通過のとき「万歳」を三唱「君が代」を斉唱し奉迎した。
 鉄道もバスも開通してない時代、県内各地から参加した児童生徒は徒歩で来たのだろう。なかでも西臼杵郡の児童生徒167人の苦労は如何許りであったことか。
 皇太子の宿泊は大淀河畔の紫明館、対岸大淀側には「奉祝」の電飾が点された。県央初の黒北発電所(この年開設)からの送電によるもので紫明館庭園も電灯で照らされた。
 明治時代になっても宮崎県民は、室町時代末から江戸時代の対立を引きずり、「薩摩藩だ、延岡だ」などと旧藩意識が抜けず県民として結束感が希薄であった。明治40年の皇太子行啓によって漸く県民意識が高まったと言われている。
 余談、内海では行啓を記念して小学校北の山地に楠多数の植樹をした。現在も幾らか残っている。また終戦直後この碑が進駐軍の目に触れぬよう地中に埋めて守ったという。
 参考資料『みくるまのわだち』

*1「ランチ」帆走軍艦に積んでいたオールと帆を使う大型ボート
2013-06-27 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
1942年宮崎市生まれ 宮崎大学学芸学部卒 県内小学校、宮崎県総合博物館、県文化課、県立図書館、宮崎市生目台西小学校校長等歴任、定年退職後きよたけ歴史館館長
現在、宮崎県民俗学会副会長、清武町史執筆員、県伝統工芸審議会委員

【著書】
『鵜戸まいりの道』(私家版)
『歩く感じる江戸時代 飫肥街道』(鉱脈社)
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史 民俗編』
『北浦町史』
『日向市史』
『角川日本地名大辞典 宮崎県』(角川書店)
『郷土歴史大事典 宮崎県の地名』(平凡社)
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