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宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.40 飫肥藩士の江戸下り(2)
前 田 博 仁 ( 宮崎県民俗学会副会長 )
箱根の関
 箱根では関所を問題なく通過できることを斡旋する者が出て来て、それに依頼する。無事通過し謝礼を出しているが、この一行の往来証文には18人が記してあったが、門川岩人の人足1人が出立前夜から行方不明となっており、往来証文に記載されている人数が1人足りなくなっていた。人数の過不足が関所での厳しい詮議があることは明白、金を出すことで無事関所を通ることが出来ればと斡旋者に依頼している。

4月26日 天気吉
 この度、御小姓落合貢殿、井上百助殿召し立てられ、拙者も二人に同道江戸下りするよう仰せ付けられた。(略)その外に門川岩人殿人足、草履取り〆15人、都合上下18人の江戸下りということだったが、門川岩人殿つき人足1人前夜より所在不明となったという由

5月3日 曇り時々晴れ
 朝6時頃小田原を出立、箱根には昼頃着く。関所手前の茶屋から迎いがあり立寄る。石内太郎左衛門という人物が出てきて、その者は関所を通す世話取りつまり困り事よろず引き受け人で、一行の人数は手形と違っていることから依頼した。
 証文改めのとき一行の1人が病気になったので神奈川宿より帰したと申し立て無事通ることが出来た。石内には謝礼として4人で1朱(8,000円程度)を出した。
 軽い咎めで通ることを許可され、口利きが功を奏した格好となった。問題解決に金を使うのは今も江戸時代も同じ。

 「江戸幕府は防衛のため、東海道は箱根と今切の関で押さえ、中山道は福島の関所で押さえた。根府川の関で伊豆を制し、越後筋には碓氷の関、奥州筋には房川の関、常陸の押さえは松戸、総房に対しては市川・関宿を置いた。」(『時代考証事典』)
 箱根関所でよく言われるのに「入り鉄砲に出女」があるが、「女検査役は女改め者、改め婆、番女といい番士の妻が行った。適任者がいない場合は土地の女を雇うこともあった。女乗り物が来たら改め婆は寄って行き、引き戸を開けて内を改め、面番所の番頭に向かって声高に、「お髪長でござイ−」「御切髪でござイ−」と叫んだ。瞬間、乗り手は幾らかのチップを改め婆の袂へすべりこませたという。そうでなければ髪を解かせたり衣服を改めたり、時には乳房にふれてみるなどの意地悪をした。」(『時代考証事典』)
2013-03-26 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
1942年宮崎市生まれ 宮崎大学学芸学部卒 県内小学校、宮崎県総合博物館、県文化課、県立図書館、宮崎市生目台西小学校校長等歴任、定年退職後きよたけ歴史館館長
現在、宮崎県民俗学会副会長、清武町史執筆員、県伝統工芸審議会委員

【著書】
『鵜戸まいりの道』(私家版)
『歩く感じる江戸時代 飫肥街道』(鉱脈社)
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史 民俗編』
『北浦町史』
『日向市史』
『角川日本地名大辞典 宮崎県』(角川書店)
『郷土歴史大事典 宮崎県の地名』(平凡社)
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