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宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.37 ある山伏の日常
前 田 博 仁 ( 宮崎県民俗学会副会長 )
 新富町新田、須田家に山伏日記(『新富町史資料編』)がある。年代や人物は不明、6月9日から9月15日まで95日間、凡そ3か月という短期間の記録であるが、修験僧の日常生活が分かり興味深い。

 この人物を筆者は新田八幡宮大宮司で上之坊9世鏡学院と推察、鏡学院は毎日加持や祈祷、祓い、占いに明け暮れ多忙な日々を過ごしている。6月は25回(22日間)、7月は23回(29日間)、8月は17回(29日間)、9月は11回(15日間)、都合95日間で76回加持・祈祷を行っている。加持や祈祷の理由は書いていないことが多いが書いてある中では病祈祷が最も多い。祈祷は1日に複数回は普通で、1日4回4人の者へそれぞれ祈祷するという日もある。例えば6月26日「朝、柳瀬村与吉せ倅加持、善市妻も加持、惣左衛門せ倅加持、太衛門娘加持夫ヨリ長友平左衛門せ倅病気ニ而終日之祈祷也」
 7月2日「朝、岡富村長衛門病気占、長友平左衛門占、柳せノ傳右衛門方へ加持参り、当村ノ六衛門せ倅加持ス、終日、長友平左衛門せ倅病気ニ而一千座祓、本乗院両人ニて相勤也」とある。7月4日は終日祈念をしている。
 この年の6月は田植え時期をむかえても雨が少なく、15日村挙げて新田八幡宮で雨乞い祈祷をする。しかし効果がなかったとみえ、24日村中の者が参加する雨乞い踊りが新田八幡宮が行われ、29日には再度の雨乞い祈祷を行っている。
 8月11日「朝、自分ノ穢祓也(略)」、9月3日には「自分祓なり」とあり、鏡学院自身の祓いをしている。また、長友三之丞や長友覚右衛門は月例祓いを行った記述があることから、人によっては毎月定期的にお祓いを受けていること、さらに人だけでなく家畜も祈祷していることも記述している。8月26日は中村と東村両村で牛馬祈祷、29日は柳瀬で牛馬祈祷を行っている。

 盆7月、先祖供養は全国的な仏事で新田でも施餓鬼が行われ、山伏らは盆行事に明け暮れている。7月7日「朝、施餓鬼、御影供八幡宮御神事」、7月13日は善教院の施餓鬼に、14日は東福寺の施餓鬼に参加し、15日は自宅で施餓鬼を行い、夕方、墓参りを済ませるなど多忙な盆を過ごしている。岡富の平五郎は8月16日に月遅れの施餓鬼を行い日記者はそれに参加している。
 かつて宮崎市西部や国富町では旧暦二十三日の夜、地区民が宿に集い月待ち講を行い五穀豊穣を祈った。現在その講は廃れ地区内には二十三夜石と三夜石と呼ぶ月天子の文字を刻んだ自然石だけが残っている。江戸時代、佐土原でも盛んに行われたとみえ、日記を残した山伏は7月18日佐土原城下安宮寺で行われた月待ちに行っているし、23日は新田の月待ち、8月23日の夜にも月待ちを行っている。信仰的講は月待ちの他に庚申講、水神講、地蔵薬師講、弥勒講があり、盛んに行ったことを記録している。

 7月18日に月待ちをした佐土原城下の安宮寺は野田泉光院が住職している寺、佐土原藩主島津家の祈祷寺院で毎年大峯山登拝している。藩から20石を給され藩内山伏の頭目、鏡学院らは配下山伏であった。
 諸行事の合間には山伏仲間との付き合いもある。6月9日福泉坊が出立、城下で大勢と見送るが鏡学院は佐賀利の船頭宅まで同道している。佐賀利は現在純然たる農村だが江戸期は湊があった。砂浜海岸しか有しない佐土原藩は一ツ瀬川右岸の佐賀利や徳ヶ淵、福嶋などに川から水路を引いて湊を設置していた。川舟で川口近くの福島湊まで下りそこから船で上方へ向かうのが海路で上方へ行く通常の形だった。凡そ3か月後の9月3日福泉院が帰着する。出立するとき福泉坊は坊号であったが福泉院と僧位が院号に変わっていることから大峯入峰修行後、院号の補任があったのであろう。
 日記者は家族中それに高山弥八、高山清左衛門、大鏡坊や大泉院などと共に福泉院を出迎えに行く。清左衛門と大鏡坊は高鍋との藩境、追分まで行って迎えている。江戸時代、伊勢参宮などをして村に帰るとき、兄弟や親戚、知人などが藩境や村境で参宮者の帰りを迎えた。それを坂迎えといい後日無事の帰還祝いと道中慰労の酒宴をする風習があった。
2012-12-11 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
1942年宮崎市生まれ 宮崎大学学芸学部卒 県内小学校、宮崎県総合博物館、県文化課、県立図書館、宮崎市生目台西小学校校長等歴任、定年退職後きよたけ歴史館館長
現在、宮崎県民俗学会副会長、清武町史執筆員、県伝統工芸審議会委員

【著書】
『鵜戸まいりの道』(私家版)
『歩く感じる江戸時代 飫肥街道』(鉱脈社)
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史 民俗編』
『北浦町史』
『日向市史』
『角川日本地名大辞典 宮崎県』(角川書店)
『郷土歴史大事典 宮崎県の地名』(平凡社)
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