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宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.35 参勤交代は藩所有の船で行った
前 田 博 仁 ( 宮崎県民俗学会副会長 )
 参勤交代では日向国(宮崎県)4藩の内飫肥藩、佐土原藩、高鍋藩は細島湊(日向市)、延岡藩は方財島の湊から出帆、瀬戸内海を航行し大坂に向かった。
高鍋藩は細島の南10卍に美々津湊があったのでそこから出帆することもあった。佐土原藩も領内に福島湊、飫肥藩も領内に油津や外ノ浦湊があったが県北部の細島を使った。飫肥藩は清武と高鍋に宿泊、三日目の夕方細島に着き、直ちに船に乗り風を待った。佐土原は都農に1泊翌日細島に着いた。
なぜ飫肥や佐土原、高鍋も領内の湊から発たなかったかということだが、宮崎県の海岸は東にほぼ直線的に砂浜海岸が7、80丗海、その北部と南部がリアス式海岸となっている。沖に黒潮が流れ近くは波の荒い灘となっている。宮崎では1に玄海(福岡)、2に遠江(静岡)、3で日向の赤江灘と風波が荒く航海の困難な海として、国内で3本指に入ると言っている。県北部の細島湊や方財島湊はどちらかというと瀬戸内圏に含まれ、波が穏やかである。

 参勤交代では何艘の船が必要であったのか。
 飫肥藩の参勤時(年代不明)に使用する関船について記録が残っている。
 藩主が乗るのは春日丸、御用人元締以下60人内外が乗船、操船する乗組員である水夫(かこ)は70人。以下
 八幡丸、家老以下50人内外が乗る。水夫は45人。
 竜神丸、給人以下100人内外、水夫62人
 権現丸、給人以下40人内外、水夫45人
 御召小早、足軽や人足計10内外、水夫15人
 鳥鵲丸、足軽や人足計8人、水夫16人
 自在丸、足軽や人足計8人、水夫16人
 7隻を使い士卒276人内外、水夫269人であった。
 ※関船とは艪が40から80梃立の軍船、大名の御座船にも使用された。

 弘化4年(1847)5月、家老平部きょう南(*1)が記した『六鄰荘日誌』に関船と供奉人数に関する記載がある。
「五月朔、公飫肥発駕の期日なれども関船未だ細島に廻船なければ今日の発駕は延引なり」
「五日、端午ノ佳節なれば登城例の如し、関船細島に廻船の報知ありければ俄かに明日発駕の布告あり大いに混雑せり」
「六日雨ふる、六つ半(午前7時頃)公飫肥の城を立たせらる、供奉の人々には用人木脇藤左衛門、同上松田恕右衛門、同上本締兼杉田隼人、小姓伊東織人、同上長倉弥門、同上山城都築(略)右の人々を始めとして、徒士・足軽・小人・夫卒に至るまで都合三百余人なり」
 飫肥藩(5万余石)は参勤交代では300人余が供奉、春日丸をはじめ関船などに乗船する人数と合致する。
 また、参勤交代では経費削減のため、供の者は油津から船で行くこともあった。天保4年(1833)3月平部きょう南(*1)は長年の希望であった江戸勤務を許されたが、藩主に供奉するのではなく油津から船で発つことになった。
「三月二日、昧爽(未明)中野新馬場の宅を打ち立ぬ、大人を始め里中の親戚朋友皆小阪の辺まで送れり、安井(息軒)先生も初めの程は公駕に陪して細島乗船に定りけるが、この度諸事省略にて俄かに海陸供奉の人員を減らせられ、先生を始めとして多くは油津乗船となりければ、余も清武より油津さして発足せり」

*1「きょう」は山偏「山」に「喬」と書く。
2012-09-20 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
1942年宮崎市生まれ 宮崎大学学芸学部卒 県内小学校、宮崎県総合博物館、県文化課、県立図書館、宮崎市生目台西小学校校長等歴任、定年退職後きよたけ歴史館館長
現在、宮崎県民俗学会副会長、清武町史執筆員、県伝統工芸審議会委員

【著書】
『鵜戸まいりの道』(私家版)
『歩く感じる江戸時代 飫肥街道』(鉱脈社)
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史 民俗編』
『北浦町史』
『日向市史』
『角川日本地名大辞典 宮崎県』(角川書店)
『郷土歴史大事典 宮崎県の地名』(平凡社)
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