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宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.27 薩摩藩へ入るには現在の金で最低10万円要った
前 田 博 仁 ( 宮崎県民俗学会副会長 )
 薩摩藩は他国の者が入ることを警戒し厳しく制限していた。江戸幕府は外国との交易を制限していたが、薩摩は他藩との交流を断ち経済的には自給、いわば二重鎖国をしていたのである。その最大の理由として琉球や中国との密貿易があげられる。幕府は長崎だけを開港しオランダと中国の交易を行っていたが、幕府以外が外国との交易をすることを禁止していた。しかし、薩摩はこれを行っており幕府に漏れることを極端に警戒した。
 藩境には境目番所と辺路番所を設置し人と物資の出入りを監視した。薩摩では境目番所からでないと入国出国できなかった。現在の宮崎県内には求麻口(えびの市加久藤)、紙屋(小林市野尻)、去川(宮崎市高岡)、梶山(三股町)、寺柱(三股町)に境目番所があり、中でも去川の番所は特に厳しい詮索があったと伝える。番所では通行手形を改め、入国目的や訪問する所、持ち金やその使い方などを調べ、禁制の琉球物や唐物を密かに買うことを警戒した。
 古河古松軒が薩摩に入っている。彼は諸国を巡り、交通・風俗・物産・史跡など研究した地理学者で、天明3年(1783)春から7月中旬にかけて九州を巡歴、薩摩に入国したとき興味深いことを書いている。
 「薩摩侯の領分に入る時には関所において荷物を改め、見せ金と称して金子三分ばかり所持せざれば関所に入れず。是は国に入りて病死せるか、疾病ある時に国所のもの入りにならぬ用心と見へたり」とあり、金子三分程度、現在の貨幣価値で10万円程度所持していないと入国させなかったというのである。薩摩領内で病気になったり病死したりすると、薩摩の者がその費用を負担しなくてはならない。3分の所持金があればそれで賄えるというもので薩摩らしい規則である。
 辺路番所は国境(藩境)にあり、その数は100か所位(時代によって異なる)あったという。番人は一、二人であったようだ。例えば梶山境目番所は飫肥藩北郷と往還が通じていたので、その道を通って来る者の管理をした。梶山から飫肥藩境までには正矢谷・走持・轟木・牧野・仮屋に、また周辺には細目・前村・前目などに辺路番所があり、蟻の這い出る隙もない位であった。これは関所破りして入国する者を監視するのであるが、逆に薩摩領内の者が飫肥藩へ欠落するのを監視する役割でもあった。欠落理由は貧困であったが、一向宗など信仰自由を求めて逃げるというのもあり、飫肥藩は逃げてくる者を受け入れていた。
参考資料:『西遊雑記』
2012-01-23 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
1942年宮崎市生まれ 宮崎大学学芸学部卒 県内小学校、宮崎県総合博物館、県文化課、県立図書館、宮崎市生目台西小学校校長等歴任、定年退職後きよたけ歴史館館長
現在、宮崎県民俗学会副会長、清武町史執筆員

【著書】
『鵜戸まいりの道』(私家版)
『歩く感じる江戸時代 飫肥街道』(鉱脈社)
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史 民俗編』
『北浦町史』
『日向市史』
『角川日本地名大辞典 宮崎県』(角川書店)
『郷土歴史大事典 宮崎県の地名』(平凡社)
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