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宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.13 参勤交代途中の藩主病死
前 田 博 仁 ( 宮崎県民俗学会副会長 )
 参勤交代は長旅のため途中で病気になることは当然ある。30日から40日の旅で疲れが蓄積することもあるだろう。藩主の食事は家臣の炊事係が賄い万全の注意を払っているが、現在のような衛生観念が乏しい江戸時代では食中毒なども起こったであろうし、慣れない水に当たることもある。

 安永9年(1780)6月11日、飫肥9代藩主伊東祐福(すけよし)が都農(宮崎県)に止宿中病気になった。6月だから飫肥へ帰る途中のことである。江戸からの帰りは細島から高鍋であるから、途中の都農止宿は藩主の体調が悪くなったため急遽決まったのだろう。ところが都農には佐土原藩主の止宿が決っていたことから、町別当塩月弥七は細島に下向していた佐土原藩のところへ出向き、円通寺へ止宿するよう依頼した。佐土原藩一行は依頼に従って円通寺に宿泊、翌日都農を出立した。飫肥藩の一行は漸く14日出立している。(『宮崎県史料第三巻高鍋藩続本藩実録上』)

 参勤は病気を押して参府しなければならなかった。佐土原7代藩主島津久柄(ひさとも)は病気で出立を延ばしていたが、天明3年(1783)4月29日出立、この日高鍋城下を通過することになった。通常、佐土原藩主や飫肥藩主が高鍋領内を通る時は互いに挨拶など交わすが、今回は風邪並びに胸部・腹部の痛みを押しての参勤ということで、挨拶に罷り出ることや城下通り筋の警固などご無用と使いが来ている。 (『宮崎県史料第三巻高鍋藩続本藩実録上』)

 佐土原9代藩主島津忠徹(ただゆき)は、天保10年(1839)参勤途中草津で病没している。3月1日発駕、細島を出帆し同23日芸州御手洗港に入船している。このときは天候不順で細島を発って20日間ほど経っているため、江戸着を恐れた一行は広島で上陸し陸路で大坂へ向かった。大坂着は不明だが4月7日伏見を立つ。このときから体調不良となり加療するが同日夜死去、跡継ぎの提出をしていなかったので、伏見でなく草津宿(滋賀県)で発病したことにし、幕府への息子忠寛の家督相続の手続きを行った。56日目の6月3日に相続願い受付済の報を得て、「嶋津飛騨守五月二十六日死去」の公式発表した。草津本陣での足留めは77日間に及び、藩は草津本陣への謝意として永代米10俵と畳替え料として金300両(凡そ4千万円)を渡している。(『佐土原町史』)
2011-06-28 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
1942年宮崎市生まれ 宮崎大学学芸学部卒 県内小学校、宮崎県総合博物館、県文化課、県立図書館、宮崎市生目台西小学校校長等歴任、定年退職後きよたけ歴史館館長
現在、宮崎県民俗学会副会長、清武町史執筆員

【著書】
『鵜戸まいりの道』(私家版)
『歩く感じる江戸時代 飫肥街道』(鉱脈社)
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史 民俗編』
『北浦町史』
『日向市史』
『角川日本地名大辞典 宮崎県』(角川書店)
『郷土歴史大事典 宮崎県の地名』(平凡社)
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