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宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.167 薩摩かくれ門徒を支えた日向飫肥浄念寺
前 田 博 仁 ( 宮崎民俗学会会長 )
飫肥藩の一向宗寺院
 高鍋藩や佐土原藩が軽度の一向宗弾圧や規制をしているなか、飫肥藩だけは江戸時代をとおして布教が公認され、城下には本願寺派浄念寺が領内本寺として存在した。藩内には法名寺・安心寺・円心寺・大蔵寺(以上日南市)、宝泉寺・真光寺・長昌寺・明照寺・巌泉寺(以上宮崎市)、松尾寺・長明寺・安楽寺、妙栄寺(以上宮崎市清武)などの末寺があった。他に一向宗寺院は西教寺(大坂堺慈光寺末・宮崎市)と西導寺(宮崎市田野) があり、飫肥藩には十六か寺があった。
 飫肥藩が一向宗信仰を許していたのは藩主伊東氏が和泉国堺(大阪府)の一向宗慈光寺と深い因縁があったからで、天正5年(1577)日向国都於郡の藩祖伊東義祐(伊東祐兵の父親)は島津氏に追われて豊後に落ち、その後大坂へ出るが同13年大坂堺で果てている。このとき葬られたのが慈光寺であった。このことから一向宗布教を認めていたのであるが、藩内他宗派寺院は藩から寺格に応じて寺禄を給されていたが一向宗寺院は無禄であった。
飫肥浄念寺
 浄念寺は他の五宗派領内本寺と比べ格式が低く、飫肥城内での法要で登城するとき、他宗派住職が色法衣を着用するのに、浄念寺は寺格相応の法衣を身に着けたため見劣りし、常に末座に控えた。飫肥藩寺社奉行佐土原藤五郎は浄念寺の寺格向上を筑前国(福岡県)明勝寺を介して本山に願い出た。丁度この頃、一向宗寺院の日向国諸役交代があり、浄念寺は妙専寺(延岡市)や直純寺(宮崎市)とともに目付に任じられ、寺格向上を果たした浄念寺は妙専寺同様一代限り色法衣着用ができるようになった。(『宮崎県史通史編近世上』)
 西本願寺が任命した役職は目付に浄念寺(飫肥)、その下に御取締を置き福嶋の正国寺と田野の西導寺、その下御世話方として清武の長明寺、同松尾寺そして飫肥殿所の大蔵寺であった。飫肥城下の浄念寺は最勝講と国恩講の取次ぎ寺院でもあった。
 隠れ門徒は、一向宗信仰が認められている飫肥藩へ信仰の自由を求めて逃げてきた。中でも一向宗寺院が多く存在する清武や田野が多かった。
 江戸時代、宮崎市清武や同田野、大淀川右岸の赤江や折生迫も含めて清武郷といった。飫肥藩5万3千石の内およそ2万石を支える清武郷は城下飫肥との間に北郷の山々が連なり、いわば飛び地的位置関係にあり、飫肥より治世が徹底せず緩やかであった。
 清武郷内には長昌寺・西教寺・明照寺・明栄寺・長明寺・松尾寺・安楽寺・西導寺があった。これらの寺院は薩摩領山之口や高城などと接し、中でも田野西導寺や清武安楽寺には薩摩門徒との関係が深かったことを伝えている。

参考資料
前田博仁著『薩摩かくれ念仏と日向』改題『隠れ念仏四百年』鉱脈社
2024-01-30 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと) 
昭和40年宮崎大卒。県内小学校、県総合博物館、県文化課、県立図書館を歴任、
平成15年宮崎市立生目台西小学校校長定年退職。
現在、宮崎民俗学会会長
(県)みやざきの神楽魅力発信委員会顧問、(県)伝統工芸品専門委員、
高鍋神楽記録作成調査委員会参与、日南市文化財審議会委員

著書
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
『近世日向の修験道』(鉱脈社)、
『比木神楽』(鉱脈社)、
『神楽のこころを舞いつぐ』(鉱脈社)、
他に『鵜戸まいりの道』
『飫肥街道』(鉱脈社)

共著
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史(民俗)』
『北浦町史(民俗)』
『日向市史(民俗)』
『清武町史(民俗)』
『みやざきの神楽ガイド』
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