宮崎みんなのポータルサイト miten !でグルメ・イベント等の生活情報をチェック!
働いてミテン
ユーザー名:
パスワード:
トップ | 無料会員FAQ | サイトマップ | リンク集 |
すべて 食べる
遊ぶ 買う
キレイ 暮らす
健康 医療・福祉
でかけてmiten
買ってミテン
働いてミテン
ミテンの本棚  >  宮崎、歴史こぼれ話

宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.158 異国船打払令
前 田 博 仁 ( 宮崎民俗学会会長 )
 「文化五年(1808)三月六日ヲロシヤ船打ち払い被仰せ出だされ候段知らせ申し来る」(『高鍋藩続本藩実録』)。ヲロシヤとはロシア国、江戸幕府から高鍋藩にロシア船を打ち払えと知らせがきたということである。
 文政8年(1825)3月16日にも幕府から異国船を打ち払えと触れがきた(『続本藩実録』)。これは「異国船打払令」といわれるもので、寛政年間(1789〜1800)以降イギリスやロシアなど外国船の来航が増加、文化5年イギリス軍艦フェートン号が長崎に不法侵入し、オランダ商館員を捕え、薪や水、食糧など略奪して退去するという事件が発生した。確たる海防策を持たない江戸幕府はこのフェートン号事件に驚き、文政8年に外国船は見つけ次第打ち払えという法令を出した(『角川日本史辞典』)。
 その年の6月4日、高鍋藩は唐船、異国船の船や帆の形を書き記したものを差し出すよう指示され、藩士二人を長崎に派遣した。
天保14年(1843)1月、幕府より三本帆立ての船沖合通過を停止する触れが佐土原藩にきた。対象は「近来北国筋其の外諸国の異国船」とあり、「近頃、ロシア船やその外諸国の異国船が航行を禁止する」(『佐土原藩嶋津家日記』)としている。
 嘉永3年(1850)2月15日都井岬から5里ほど(20)沖に異体船、帆柱3本に船長40尋程(60m)が見えたと高鍋藩飛び地の福嶋から知らせが届いた。
同4年3月8日異国船防御について、去る12月公儀より厳重に指令があったので、侍から百姓町人に至るまでしっかり知らしめた。
 同5年5月18日市木の5、6里沖に帆柱3本の異体船1艘を見つけ、夕方都井岬沖4里の所に見えたと福嶋から知らせがあった。
 嘉永6年7月29日今年の夏浦賀(神奈川県)に異国船が渡来したので、江戸表では各大名に自国の警護について仰せ付けがあった。
 これは浦賀に来航した米国ペリ−の黒船艦隊のこと、黒船来航は日本国民に大きな脅威を与え、以後黒船は資本主義列強の日本への圧力の象徴となった(『角川日本史辞典』)。
 同6年10月7日福嶋の都井岬沖10里ほど所に帆柱3本の異船が通航した。
 安政元年(1854)2月20日、去る14日都井岬沖15、6里の処を異形船壱艘柱三本が北東に向けて航行した。
 同元年6月8日近来異国船度々渡来、世上不穏候に付夷狄(野蛮な異民族)退散為天下泰平、国家安穏、武運長久を上醍醐寺に於いて正大先達が祈祷した。
 安政元年8月7日福嶋御崎沖十里に程を異体之船一艘航行(略)。
 同年8月11日福嶋御崎沖十里に網代帆帆柱三本の異体之船一艘航行(略)。
 同年10月18日大坂安治川沖(大阪府)に、長さ40間(72m)帆柱三本のオロシヤ船が陸より200m程の所に停船した。
 都井岬沖で度々見掛けた3本帆柱の異国船がどこの国の船か記してないが、ヨーロッパへの侵攻を英仏に阻まれたロシヤは、東方アジア侵攻に方針をかえ不凍港を求め南下政策をとった。
 文久元年(1861)2月には、ロシヤ軍艦が対馬(長崎県)の芋崎浦に停泊し、船体修理を口実に永住施設を建設した。対馬藩はこれに抗議するが艦長は資材・食糧・遊女を要求、さらに4月には芋崎付近の永久租借権を要求した。動揺した対馬藩は幕府に頼り、5月外国奉行が派遣されるがなすすべがなかった。そこで幕府はイギリスに依頼、イギリスは軍艦2隻を派遣ロシヤ軍艦を退去させた(『角川日本史辞典』)。

2023-03-28 更新
2023 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 08
2022 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10
2021 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2020 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2019 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 11 | 12
2018 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2017 | 01 | 02 | 03 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2016 | 01 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2013 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 12
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと) 
昭和40年宮崎大卒。県内小学校、県総合博物館、県文化課、県立図書館を歴任、
平成15年宮崎市立生目台西小学校校長定年退職。
現在、宮崎民俗学会会長
(県)みやざきの神楽魅力発信委員会顧問、(県)伝統工芸品専門委員、
高鍋神楽記録作成調査委員会参与、日南市文化財審議会委員

著書
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
『近世日向の修験道』(鉱脈社)、
『比木神楽』(鉱脈社)、
『神楽のこころを舞いつぐ』(鉱脈社)、
他に『鵜戸まいりの道』
『飫肥街道』(鉱脈社)

共著
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史(民俗)』
『北浦町史(民俗)』
『日向市史(民俗)』
『清武町史(民俗)』
『みやざきの神楽ガイド』
1 2 3 4 (5) 6 7 8 9 10 11 12 13 14 » 
PopnupBlog 3.0 Denali-1225 created by Bluemoon inc.  
e87.com(株式会社千趣会イイハナ)
富士通パソコンFMVの直販サイト富士通 WEB MART