そうちゃんミニパウンドに込められたたくさんの想い
9月の初め、小林市にある手作り作家さん達の作品を集めた雑貨屋さん「来夢&ゆう」を訪れました。
こちらのお店では雑貨だけではなく、「そうちゃんミニパウンド」という臓器移植を待つ子ども達を支援するための、募金付きパウンドケーキの受託販売を行っています。8月に開催されたお店の1周年記念イベントでは、そうちゃんミニパウンドを購入された方に作家さんが作った手作りバッグをプレゼントする企画を実施したそうです。
今回は、そうちゃんミニパウンドで心臓移植を支援した中澤聡太郎ちゃんのご両親(横浜市在住)が、パウンドケーキの販売元である日南 Sweets Factory MITSUKOを訪問するのに合わせて、来夢&ゆうのオーナー・甲斐さんや作家さん達と会う機会が持たれました。
■そうちゃんミニパウンドとは
「そうちゃんミニパウンド」とは、日南市の日南 Sweets Factory MITSUKO(旧名:シェ・しらはま)が販売しているパウンドケーキで、1箱1,000円が購入される度に、そのうち300円が臓器移植を待つ子ども達への募金になるものです。
きっかけは、日南 Sweets Factory MITSUKOのオーナーの娘さんがそうちゃんの入院する病院で働いていたことから始まります。娘さんからそうちゃんの心臓移植支援の話を聞いたオーナーがパウンドケーキを使った募金活動を始めました。残念ながらそうちゃんが亡くなってしまった後も、そうちゃんに敬意を表し、そうちゃんと同じように移植を待つ子どもたちを応援するために販売を続けています。
■そうちゃんミニパウンドが取り持つ縁
もともと、日南 Sweets Factory MITSUKOのチーズケーキが大好きだった「来夢&ゆう」のオーナー甲斐さん。あるとき、念願かなって日南市のお店を訪れたときに、そうちゃんミニパウンドのポスターが目に入りました。自身が経営する雑貨店のイベントで、これを販売させてもらえないだろうかとオーナーの船上さんに掛け合い、快く了承していただいたことから、現在の支援活動に至ります。
「以前、会社勤めをしていた時からの考えで、得た利益は社会に還元していくべきだというのがありました。」と甲斐さんは言います。マクドナルドに勤めていた時に、宮崎市内の病院の小児病棟をドナルド(イメージキャラクター)と一緒に訪問する企画を立てて何度も訪問したそうです。準備は大変でしたが、「子どもの笑顔を絶やしたらいかん!」という思いが強かったそうです。子どもが喜ぶ顔をみるのは、親にとっても嬉しいこと。病院という制限された世界で、喜びを感じられる機会は入院中の子ども達だけでなく一緒にいる親御さんにとっても喜びとなります。「自分たちが幸せにいるだけではだめ。みんなと一緒に幸せになっていきたい。」という想いも原動力です。
マイペースで焦らず一つずつ販売しているという甲斐さん。約20名の作家さんが作品を置く甲斐さんのお店「来夢&ゆう」では、作家さんの間にもそうちゃんミニパウンドを通して難病の子ども達を支援する輪が少しずつ広がっています。
今回そうちゃんのご両親、中澤さん夫妻とお会いするのは初めてで、夫妻がお店に到着すると、甲斐さんはとても嬉しそうでした。お店に貼られたポスターにそうちゃんの写真が入っているので、初めて対面するご両親を身近に感じるといいます。他の作家さんたちと、「そうちゃんはママ似ね〜、いや、パパにも似てるかな」と楽しそうに話していました。
そうちゃんのママ・奈美枝さんは昨年に引き続き2回目の来県、パパの啓一郎さんは子どもの頃に旅行に来て以来三十数年ぶりの宮崎だそうです。前日は、日南 Sweets Factory MITSUKOでパウンドケーキを作ってみたとのこと。啓一郎さんは特に熱中して作ったそうです。
■ご両親(中澤さんご夫妻)にお話しをうかがいました
──今も、そうちゃんを救う会の活動は続いているのですか?
母 奈美枝さん:「2008年12月に渡航先のアメリカで亡くなり、募金活動は停止しています。そうちゃんを救う会に集った募金の余剰金を、他に移植を待つ子どもたちに分配した後、救う会は閉鎖しました。今は、個人的な活動として、臓器移植法改正の為の署名活動や、海外で臓器移植を希望している親御さんのサポートをしています。親として経験した事をお伝えしています。」
──そうちゃんが闘病中のことについて教えていただけますか。
奈美枝さん:「聡太郎が10か月のときに病気が分かって、2か月間内服治療で様子をみましたが改善されなかったので、それから渡航移植に向けての募金活動を10月にスタートしました。12月5日にアメリカに渡りましたが、12月11日に容態が急変して亡くなりました。
募金活動中は、お願いしている親が行かなくては申し訳ないと思い、参加したく思っていましたが、『お母さんは一人しかいないんだから、そうちゃんについていてあげて』と言っていただきました。代わりに主人がずっと活動に参加していました。
私たちが協力をお願いした方は、皆さん快く引き受けてくださいました。始めは友人に救う会を作っていただいて、それから地域のお母さん方が協力してくださり、更には全く知らない方からも告知を見聞きして協力のお問い合わせをいただいたりしました。私は募金活動にはほとんど参加できませんでしたが、後になって、救う会に保管されていた協力してくださった方の名前が書かれたノートを見てありがたく思いました。」
■子どもの臓器移植を取り巻く環境
闘病中には、色々な面で問題が多くあったことと思います。日本の小児医療に関する法律や環境が整備されていないことが、まず大きな壁だと聞きました。日本で救おうとしても、今の日本ではそれができない状況にあり、その為多額の募金を募って海外で移植を望むことになるそうです。
奈美枝さんは、「臓器移植で救うことができる子どもの命なら、救ってあげたい。そうちゃんは、病気でつらかっただろうけど、1歳の誕生日を迎えて笑顔をみせてくれていた。それを見て、“生きたい”と思っているだろうこの子の命を、“日本の環境が整っていないからごめんなさい”と親の私が勝手に諦めることはできないと思った」とおっしゃっていました。
これまでの日本の法律では、脳死の位置づけを臓器提供をする場合に限って脳死は人の死であるとしていました。しかも、臓器提供するのは、16歳以上の本人の意思表示が必要であったため、15歳未満の子どもの臓器提供は不可能でした。そこに、子どもの臓器提供に道が開けたといわれるのが、2010年7月の改正臓器移植法です。これにより、本人の意思表示が無い場合は、年齢を問わず、家族の承諾によって臓器提供が可能となりました。しかし、まだ法律が改正されたばかりで、環境が整備されていないことなど、簡単にはいかない状況のようです。また、社会的な環境も整っているとはいえず、社会の様々な意見は、時には当事者の子どもや親の心を傷つけるつらい言葉となってもたらされることもあるそうです。
この臓器移植法改正に関しては、11年間そのままにされていた臓器移植法の早期改正を求めて、中澤さんご夫妻が署名活動を行い、請願書と約3800名の署名を国会に提出しています(2009年4月)。日南 Sweets Factory MITSUKOでは、そのうちの1600名余りの署名が集まったそうです。「そうちゃんを喪った悲しみの中、中澤夫妻の努力が無かったら、今でも移植法は変わっていなかったと思います。」と同社の船上さんは振り返ります。
そして奈美枝さんは「脳死について、それを人の死と認めないという意見は充分に受け止めています。しかし、臓器提供をしたいと考えている方や臓器移植を望む人にも平等に道を選択できるようになって欲しい。そしてどちらを選択したとしても、医療費のサポートなど、きちんとした環境が整って欲しいと願っています。移植を必要としている人にも、国内での居場所ができれば・・・。今の日本で、助かるはずの子どもの命を助けられない状況なのだとしたら、何が問題なのかを継続して考えていきたい。」ともおっしゃっていました。
■そうちゃんミニパウンドについてご両親は
「募金の為にそうちゃんミニパウンドという商品を作ってくださったことに感謝しています。それだけでなく、そうちゃんが亡くなった後に船上さんが『そうちゃんミニパウンドを続けようと思う』と言ってくださったときには、そうちゃんが違う形で生き続けていくことが本当に嬉しかったです。」とご両親は言います。
実は、そうちゃんが亡くなる時に臓器提供を申し出たのだそうです。「これまでそうちゃんを生かすために頑張ってきたのだから、本当は生きて欲しかった。でも、それができないとしたら、他の誰かの体の中でそうちゃんの一部が生きていくことは私たちの心の支えになると思いました。(奈美枝さん)」しかし、それも条件が合わずにできず、この時、そうちゃんの死を受け入れなくてはならない機会が2度あったと感じたそうです。そうちゃんミニパウンドが続くということはそうちゃんの存在が形を変えて続くという点でも意味深いことなのです。
■これからどんな事を伝えていきたいですか?
奈美枝さんは「当事者(=患者やその家族)になってから初めて、難しい選択を迫られます。誰もが望んで当事者になるわけではないし、人の気持ちというのはすぐにまとまるものではありません。日ごろから自分の経験や考えを発信することで、私たちと同じ状況ではなくとも、いざ当事者になったときにどういう選択をすればいいか、どういう考え方をすればいいのかを皆さんに伝えていければいいと思います。」と話していました。
■縁に感謝
店内に貼られたそうちゃんミニパウンドのポスターには、そうちゃんの笑顔が映っています。甲斐さんは「そうちゃんの笑顔を毎日見ていて、本当にかわいいなぁと思う。今日はそうちゃんのご両親に逢えて良かった。今日のこの機会に感謝します。これからも色々な機会にそうちゃんのことや、そうちゃんミニパウンドを通じた支援の輪を広めていきたい。この子の笑顔を一人でも多くの方に届けたい。」とほほ笑みます。
奈美枝さんは「聡太郎を亡くした事は、すごく悲しいこと。でも、皆さんの支えや皆さんがそうちゃんの為にやってくださった行動が今につながっているのは嬉しいこと。だから、泣いていてはいけないと思う。あの子が喜んでいると思えることだったり、親としてあの子が幸せだったと思えることは、強い力になる。振り返るとつらい瞬間を思い出すこともあるけれど、あの子が笑っていてくれた事や笑顔にしてくれた病院の先生方や周りの皆さんに感謝しています。」と話していました。
中澤さんご夫妻はほがらかで、丁寧にお話しをしてくださいました。これまでの多くの経験によりご自分たちの考えをしっかりと持っていらっしゃるからこその芯の強さを感じました。
そうちゃんをきっかけに、子ども達への支援の輪が広がり、縁が次々とつながっていることはとてもすばらしいことです。恥ずかしながら、私はこれまで臓器移植や小児医療についてほとんど知識がありませんでした。知識の乏しい私でしたが、今回の出会いをきっかけに日本の臓器移植について調べ、できることがあれば協力したいと思うようになりました。病と闘う子ども達を応援するために、多くの人が視野を広げ、知識を深め、賛同する方は支援に加わるという輪がもっと広がることを期待します。
そのためには、船上さんや甲斐さんのように、積極的に行動に移すことも時には必要でしょう。ただ、急に積極的にといっても難しいもの・・・。甲斐さんが言われていましたが、“無理せず気負わず、できることから”始めるとよいかも知れません。
臓器提供について大人も子どもも当たり前の事として周囲と話し合えるような社会が望まれています。私は、持ってはいるものの記入できずにいた臓器提供意思表示カード(今年7月から新しくなっています!)を改めて見直してみようと思います。これは提供を希望する方も、希望しない方も意思表示に使えるものです。
これを読んでくださっているあなたも何かのご縁。まずは知ってみること、そして自分のことについて考えてみることから始めませんか?
☆詳しくは各サイトをご覧下さい
(携帯電話からは閲覧できない場合があります)
●自宅ショップ 来夢&ゆう
●そうちゃんミニパウンド
●そうちゃんを救う会公式HP(現在、事務局は閉鎖されています)