宮崎みんなのポータルサイト miten !でグルメ・イベント等の生活情報をチェック!
働いてミテン
ユーザー名:
パスワード:
トップ | 無料会員FAQ | サイトマップ | リンク集 |
すべて 食べる
遊ぶ 買う
キレイ 暮らす
健康 医療・福祉
でかけてmiten
買ってミテン
働いてミテン
ミテンの本棚  >  体で感じる・心が育つ

体で感じる・心が育つ
こどもに関するコラム集!専門家がコラム・情報を掲載しています。
 
No.2 海賊にさらわれた息子
原 田 京 子 ( 児童文学作家 )
 息子がまだ四歳になったばかりのことです。夜の八時過ぎに、私が英会話のクラスを終えて、家に帰ったときのことでした。毎週、英会話のクラスに参加する日は、夫が早めに帰って来て息子の面倒をみてくれるのですが、その日は出張で、息子が一人で留守番をすることになりました。クラスを休もうと思っていたのですが、息子が大丈夫だというので、初めて一人で留守番をさせることになったのです。
 そういえば、息子がまだずいぶん小さい頃から、この英会話のクラスには参加してきました。今では考えられないかもしれませんが、その頃の英会話のクラスには、夫がどうしても息子の面倒を見ることができないときは、息子を連れて行っていたのです。私はそうまでして英語の勉強がしたかったのです。そして、講師の先生もクラスの仲間も、寛大にそれを許してくださったのでした。今でもおぼえているのは、講師の先生が、ときおりおんぶしてくださったりしていたことでした。あのときの講師の先生には今でも本当に感謝しています。小さい子どもがいたって勉強したいという気持ちがあるのなら、いくらでもお手伝いしますよ、無言の内にそういってくださっているようでした。クラスの仲間の方も、ときおり息子の相手をしてくださり、本当に、和やかで充実したクラスでした。今でもときおりそのときの仲間の方に街でお会いすることがあり、「息子さんはずいぶん大きくなられたでしょう? あの時は本当に楽しかったですね」
といってくださり、本当にありがたい仲間に恵まれたことだとあらためて感謝したのでした。
 その息子も、少し大きくなり、一人で留守番できるというので、初めて一人家に残して、私は英会話のクラスに出かけたのでした。はじめのうちは気がかりでしたが、次第に集中してしまい、授業が終わるまで息子のことはどこかへいってしまっていました。ようやく、クラスを終えて家に向かいながら、私は、息子が「おかえり」と飛び出してくることを期待していました。
 ところが、玄関を開けても何の反応もありません。私はあわてて家に駆け上がり、息子をさがしました。そして、腰が抜けるほどびっくりする光景を目にしたのです。リビング一面に新聞紙がちぎって敷き詰めてあり、部屋の片隅に息子が口にガムテープをして手と足を縛られて、横たわっていたのです。はがれかけていたガムテープをはがし、息子を揺り起こすと、どうやら気絶していたのではなく、眠り込んでいたのでしたが、何があったのかを問いただすにも、息子は夢の中でした。次の朝、一人で留守番をした息子をほめた後、私は昨晩の出来事についてたずねました。その説明によると、どうやら息子は、海賊に誘拐されて、手足を縛られ、船底に閉じ込められていたということらしいのです。
「あのちぎった新聞紙は何?」
「あれはね、海だよ。海の波。このお部屋全体がお船なの。」
 息子は、結婚五年目にしてようやく授かった子どもでした。初めての育児で、何をするにも心配でたまりません。この子に何かがあっては大変と、私はずいぶんと過保護にしていたのでした。  
 しかし、あるとき、私はふと考えたのです。24時間子どもにつきっきりなんて不可能だし、だいいち、23時間つきっきりだったとしても、残りの1時間に何かが起こるかわかりません。また、私が心配ばっかりしていたら、それを敏感に察知して、子どもはもっと、不安になるかもしれないのです。そうなったら、いつも母親がそばにいるのがあたりまえの、気の小さい軟弱な男の子になるかもしれないのです。
 もっとおおらかに子育てをしよう、私がそう決心して、息子を一人で外に出すようになったのは、二歳の時でした。もちろん、すぐに駆けつけられるように、何分かおきに外の息子への注意は怠らないようにしました。おかげで、集合住宅だったのも幸いして、息子は一人っ子にもかかわらず、たくさんの兄弟ができました。そして、私の息子への目配りも、しだいに大まかになっていったのです。
 こうして、早くから子どもたちの縦社会の中で育った息子は、そこに存在する、さまざまなルールを学んでいきました。見知らぬ子どもたちの中に自分から入っていき、意志の疎通をし、自分の居場所を確保する。息子が子ども社会の中で獲得したこの能力は、海外でも発揮されました。
 息子が幼稚園に入る前の、オーストリアに行ったときのことです。夫は仕事で、私と息子はホテルで留守番をしていました。私がいつのまにか眠り込んでいるあいだに、息子は、ホテルを抜け出して近くの公園に遊びに行っていたのです。前日に、夫と散歩をしているときに見つけた公園でした。夫が仕事から戻ってまもなく、息子が帰ってきました。そして、悔しそうに半分泣き出しそうになりながら、私たちにこういいました。
「ぼくが自転車を貸してっていったら、お友達が怒って帰っちゃった。」
「自転車を貸してって、英語で言ったの?」
「うん、Give me a bicycle っていったの。そしたら、怒って帰っちゃった。」
 息子は、それまで、言葉の壁などもろともせず、自分から子どもたちの輪に入り、自分の居場所を確保し、仲良く遊んでいたのに、突然、友達が怒って帰ってしまったことが、悔しくてたまらなかったようです。夫が息子を抱き寄せ、諭すようにいいました。
「Give me a bicycle というのはね、『自転車をぼくにちょうだい』って言う意味なんだよ。だれだって突然そういわれたら、びっくりして帰ってしまうかもしれないだろう。」
 そのあと、夫は息子に自転車を貸してという意味の英語の表現を教えていたようでしたが、それから息子がその英語を使ったかどうかは定かではありません。いずれにしても、息子はそのときのことが相当悔しかったようで、日本に帰ってからこういったのでした。
「お母さん、ぼく英語を習いたい。外国に行ったとき、自分のいいたいことを自分でちゃんといえるようになりたい。」
 それまで、英語のテープを聞くだけで満足していた息子でしたが、会話というものが、相手がいて初めて成り立つものだということを、自らの体験で学習したのでした。現在、大学でアメフトという外国のスポーツをやっている彼が、この時の初志を貫徹して、果たして自分のいいたいことを英語でちゃんといえるようになったかどうか、いつか彼の英語を聞いてみたいものです。
2007-12-20 更新
2018 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09
2017 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2016 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 11 | 12
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 12
2013 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2010 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2008 | 02 | 03 | 06 | 07 | 08 | 10 | 11 | 12
2007 | 12
(1) 2 3 4 5 6 7 8 9 10 » 
PopnupBlog 3.0 Denali-1225 created by Bluemoon inc.  
e87.com(株式会社千趣会イイハナ)
富士通パソコンFMVの直販サイト富士通 WEB MART