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宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.134 高鍋藩の捨て子禁止令
前 田 博 仁 ( 宮崎民俗学会会長 )
 明和2年(1765)11月13日、「御手廻り筒井只七双子出生捨候付逼塞、自今已後右躰無之様双子出生候ハ不限貴賎申出次第相応捨扶持被下候旨被仰出」(※1)
 御手廻り組の筒井只七は生まれた双子を遺棄したので逼塞を申しつけた。今より以後この様に双子が生まれたら貴賎に限らず申し出ること。申し出次第相応の扶持を下すと仰せがあった。

 筒井只七の子捨ては『旧記抜書壱(一)』にも記載してある。
「同十三日御手廻り組筒井只七、先達て二子出生の処、捨置候段相聞、逼塞仰付けられ候(後略)」(※2)

 高鍋藩は宝暦11年(1761)11月15日、「十五日此節ヨリ諸百姓子供三人目ヨリ為御扶助一日赤弐合ツヽ畠地物ハ三合ツヽ弐品之内其時之御吟味ニ而被下候段被仰出」(※3)
 全て百姓は子ども3人目から1日に赤米2合ずつ又は麦大豆3合ずつ、どちらかはその時の聞き取りで与えるとする令を出している。

 宝暦12年10月21日に「領民は誰であっても生まれた子を捨てることは禁止する。百姓に多く子どもが生まれ養育が困難となった場合は、3人目からその子が10歳になるまで相応の扶助を与えると、前々から仰せ付けていたが誰も願い出る者がいない。これより以後は子を捨てず願い出ること。下々が心得違いがないよう頭役は前以てその意図を推し測って、藩の情けある達しを停滞なきよう皆々に達すること」を申し渡している(※4)。

 この達しを発した時の藩主は7代藩主種茂で、宝暦11年5月21日初入部している。
 江戸時代、徳川幕府の政策で藩主の正室や嫡子は江戸屋敷に居なくてはならなく、種茂は初めて高鍋に帰ったのであった。種茂の初仕事が困窮している百姓の救済であったが、藩の意向が下々まで行き渡らなかったようだ。

 秋月種茂は寛保3年(1743)11月30日6代種美の嫡子と生まれ、宝暦10年18歳で家督を相続、翌年初入部した。藩政全般に細かい施策をとり、士に対しては人材の登用、また教育に力を注ぎ藩校明倫堂を創設した。庶民には多子家庭に対する扶助制度を設置、飛び地福嶋(串間市)には「社倉」を設けて領民の生活を助けた。歴代藩主の中で名君として知られる。

 実弟に名君と名高い米沢藩主上杉鷹山がいる。上杉鷹山は米沢藩の藩政改革を推進、藩校興譲館の設立、節倹の励行、産業の奨励、荒地開墾に尽力した。(『宮崎県大百科事典』)

※1※3※4『宮崎県史料第三巻 高鍋藩続本藩実録(上)』宮崎県
※2『旧記抜書壱(一)』明倫堂文庫を学ぶ会
※逼塞、門を閉ざして昼間の出入を禁じた。
※社倉、飢饉に備えて設けた穀物倉庫。
2021-01-27 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
昭和40年宮崎大卒。県内小学校、県総合博物館、県文化課、県立図書館を歴任、平成15年宮崎市立生目台西小学校校長定年退職。現在、宮崎民俗学会会長、宮崎県立博物館協議会会長、
(県)みやざきの神楽魅力発信委員会副委員長、(県)伝統工芸品専門委員、
(県)神楽保存・継承実行委員、「米良山の神楽」記録作成調査委員

【著書】
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
『近世日向の修験道』 (鉱脈社)、他

【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史』
『北浦町史』
『日向市史』
『みやざきの神楽ガイド』
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