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宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.130 日向路の伊能忠敬一行
前 田 博 仁 ( 宮崎民俗学会会長 )
 伊能忠敬は江戸後期日本国土を歩いて測量し、正確な日本全図を著した人物。宮崎県は2回測量している。1回目は文化7年(1810)4月2日大分県蒲江から海岸沿いを南下、海岸線や地形、島嶼など測量、古江、延岡城下、細島、美々津、都農、高鍋城下、佐土原、宮崎、折生迫、鵜戸、飫肥城下、都井、今町から鹿児島へ、この間37日。この途中別組は飫肥から牛の峠まで測量する。2回目は文化9年5月晦日、霧島山から高原、野尻、ここで2組に分かれて、1組は紙屋、本庄、佐土原、高鍋、美々津、延岡、さらに北方、日之影、岩戸、河内と測量し熊本へ。2組は加久藤、人吉を経て米良往還を東進、妻、佐土原、高鍋、都農、美々津を測量、ここから耳川に沿って、山陰、神門、鬼神野、笹尾峠を越えて椎葉に入り、鞍岡を経由して馬見原、7月4日益城郡森で1組と合流している。

 一行は伊能をリーダーとして坂部、下役3人、内弟子3人、侍3人、供廻り7人の18人。測量は2組で行い1組5人づつ計10人で行った。文化7年4月2日大分県蒲江から宮崎県北浦の測量では、伊能組は下河辺・青木・上田・平助、別組は坂部・永井・梁田・箱田・長蔵、坂部は常時伊能とは別組のトップを勤めた。測量で通行する藩役所へ挨拶と通告、離島測量時の舟準備、宿の交渉などを通行する藩役所に依頼する役は侍か供廻りかなどと想像する。
 宿出立は概ね午前6時頃、宿に着くのは午後2時頃、伊能は日記や地図整理など従事するが、測量する藩の役人や庄屋などの挨拶に応対することもある。、夜は天測をすることも日常のことである。

 文化7年4月14日、佐土原藩の使者が訪問し鰹節が贈られた。伊能に150本、坂部に130本、下河辺・青木・永井に100本宛、内弟子3人と侍2人に70本宛、竿取2人には鼻紙7束宛、小者5人には鼻紙5束宛が下されている。地元物産だけでなく金の場合もある。国東では伊能へ金5百文と大鰹節100本、坂部金1両と中鰹節100本、下役3人には金2百文と鰹節50本宛、内弟子3人と侍3人には金100疋と鰹節30本宛、供廻り7人には銀1両と鼻紙2束宛で、一行の上下関係が明確に分かる。

 1日の測量状況を4月22日を示すと、先手後手とも午前6時頃江田(宮崎市)を出立。江田村下海辺から測量を始め、新別府、吉村、赤江川(大淀川)まで測り、それから入江、蟹町、瀬頭、そこで先手と合測する。先手は城ヶ崎、中村、上町と測量し瀬頭で後手と合測する。両手とも正午前に城ヶ崎に着く。宿は本陣梅香屋文平、脇宿は和泉屋善右衛門の家で、本陣は南村家、脇宿は南村分家と思われ両家とも城ヶ崎町の豪商である。
 城ケ崎は大淀川下流右岸に位置し交易によって栄えた商人町。別当、乙名、本締など町の要職は太田・南村・小村の3家が占めた。

 赤江川の記録に「此赤江川を小戸の渡と古ハ云よし、中臣祓ニ小戸橘と云を此川のよし」とあり、中臣の祓いとは「禊祓詞」のこと、一部を示すと「(略)筑紫日向の橘の小門之阿波岐原に身滌祓(みそぎはら)ひ給ふ(略)」、日向、小門(小戸)、阿波岐原などがあり、地元の案内者が説明したことに納得したのだろう。中臣氏は天児屋根命の子孫と称し、朝廷の祭祀を担当、大祓の儀は中臣氏が中心となって奉仕したから(中臣祓と)いう(『広辞苑』)。

 日記には地名が多く出ておりしかも正確、これは前以て各藩から絵図が提出されていたからで、飫肥藩が提出した絵図の控えが残っている。領内海辺の絵図で「文化七己巳四月公儀測量方廻浦ニ付下調絵図」というもので、海岸線、河川、島名、往還、村名、集落名、寺社名など記されている。

※伊能忠敬 上総(千葉県)の人、18歳のとき下総佐原の酒造家で名主の伊能家に入婿、家業の興隆につとめた。その間算数・測量・天文など研究し、50歳で家督を息子に譲り江戸に出て、高橋至時に入門して西洋暦法測図法を学んだ。寛政12年(1800)以降、幕命により全国を測量して地図を作製、幕府天文方と「大日本沿海輿地全図」を完成した。

参考資料『伊能忠敬測量日記』宮崎県総合博物館
2020-09-23 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
昭和40年宮崎大卒。県内小学校、県総合博物館、県文化課、県立図書館を歴任、平成15年宮崎市立生目台西小学校校長定年退職。現在、宮崎民俗学会会長、宮崎県立博物館協議会会長、
(県)みやざきの神楽魅力発信委員会副委員長、(県)伝統工芸品専門委員、
(県)神楽保存・継承実行委員、「米良山の神楽」記録作成調査委員

【著書】
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
『近世日向の修験道』 (鉱脈社)、他

【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史』
『北浦町史』
『日向市史』
『みやざきの神楽ガイド』
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