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宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.127 高鍋藩の入墨刑
前 田 博 仁 ( 宮崎民俗学会会長 )
 政府は景気対策に訪日外国人の増やす政策を掲げ、2016年(平成28年)3千万人突破したことをうけて2020年4千万人、2030年6千万人を目標とした。今年2020年は東京オリンピック・パラリンピックが開催されることから目標は達成されるとみられたが、予期しない中国からのコロナ禍で、五輪は1年延期、外国人の日本入国は0に等し状態となっている。

 コロナ禍が起きる前、外国人が増えることで、温泉街や町の銭湯では対処に困る問題が発生したことを報道していた。これら入浴施設では永年、入墨した人の入浴を拒んでいた。

 昭和40年頃から東映などの任侠映画、やくざ映画と言われる現代の時代劇が人気を博した。抗争対立する組とか組織に抜刀で殴り込み、時代劇のチャンバラさながらの立ち回りを演じ、主役は上半身裸で背中から腰、腕にかけて見事な入墨があり、立ち回りを盛り上げていた。これらは多くの国民に入墨した者はやくざとか暴力団、反社会の人間というイメージを植え付け、風呂場に入墨人がいると他の者は恐怖を覚え以後入浴しないと思い、入浴を拒んだと想像する。

 入墨は刺青、文身の文字をあて、江戸時代には火消しや博徒、侠客などの間に流行した。他方、行政は犯罪を犯した者に刑罰として入墨を入れた。入墨刑は鼻や耳を削ぐ刑より一等軽い刑で腕のヒジ近くに1センチ程の幅で二筋彫った。(『万有百科大事典』)

 日向国高鍋藩は宝暦14年(1764)12月7日、先ごろ欠落(かけおち、逃亡のこと)で召捕られた喜右衛門という者に、額に二通りの入墨をした上、身分を人足に落したとある。(高鍋藩『旧記抜書壱』)
 嘉永2年(1849)3月17日、欠落したが帰参するか召捕られた者は叱りおく程度で許していたが、近来出奔が多くなったということから、欠落初回の者にも額に入墨する刑法を定めた。(『高鍋藩続本藩実録』)
 藩から刑罰として入墨されると、「入墨者」即ち犯罪者のレッテルを貼られたことになり、やくざの入墨同様人々は恐れた。

 昨年、ラグビーワールドカップ2019が日本で開催され、大いに沸いた。各国のチームには腕に入墨した選手が多くいたし、日本チームにも外国から移籍した選手に入墨が見られた。外国人は入墨を「タトゥ−」といい魔除けとかおしゃれで彫ると聞いたが、日本人も外国人の文化に慣れて許容するようになるのか、そのうち日本人のタトゥ−も増えるのか・・・。

 日本では、古く「魏志倭人伝」に潜水漁民が「黥面文身鯨」していたこと、記紀に特定の部民や海人族が文身をしていたことが記されている。
 アイヌの女性は口周りや手首周辺、手の甲に、奄美大島・沖縄でも女性は手の甲や指の背に入墨をする習俗があった。これら魔除けや厄払い、通過儀礼などの意味もあった。アイヌ女性や奄美の女性はある年齢に達すると入墨し大人として認められた。(『日本民俗大辞典上吉川弘文館』)

 2018年のNHK大河ドラマ「西郷どん」で西郷が奄美大島に流されたとき愛加那に会う場面があったが、そのとき愛加那の手には入墨があった。当時の奄美大島の習俗で成女としての通過儀礼を済ませていることを忠実に復元したものと思える。
 魔除けとか通過儀礼での入墨は次第に行われなくなるが、入墨は反社会の世界に残りマイナスイメージは蔓延ったと言える。

※欠落、住んでいた所から逃げ出すこと。江戸時代、庶民には居所、職業の選択、言論自由など基本的人権は無かった。百姓が集団で村を離れることを逃散という百姓一揆で、首謀者は磔とか斬首など厳罰があった。

『万有百科大事典』小学館
『旧記抜書壱(一)』明倫堂文庫を学ぶ会
『宮崎県史料 高鍋藩続本藩実録(下)』宮崎県立図書館
『日本民俗大辞典上』吉川弘文館
2020-06-24 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
昭和40年宮崎大卒。県内小学校、県総合博物館、県文化課、県立図書館を歴任、平成15年宮崎市立生目台西小学校校長定年退職。現在、宮崎民俗学会会長、宮崎県立博物館協議会会長、
(県)みやざきの神楽魅力発信委員会副委員長、(県)伝統工芸品専門委員、
(県)神楽保存・継承実行委員、「米良山の神楽」記録作成調査委員

【著書】
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
『近世日向の修験道』 (鉱脈社)、他

【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史』
『北浦町史』
『日向市史』
『みやざきの神楽ガイド』
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