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宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.126 城ヶ崎の商人たちに俳諧文化が開花した
前 田 博 仁 ( 宮崎民俗学会会長 )
 交易によって栄えた城ヶ崎の商人たちの間には俳諧を嗜む文化が花開いた。元文3年(1738)伊勢の芭蕉系俳人安楽坊春波が城ケ崎に留まり、小村(日高)西雪や菊路に俳諧を指導し、「俳諧秘伝書」を与えている。次いで京都の俳人百井塘雨は城ヶ崎に8年滞在し、安永元年(1772)まで指導した。塘雨が去った後、城ケ崎の商人(俳人)たちは京都の俳僧五升庵蝶夢、さらに五升庵二世柏原瓦全に師事した。

 小村西雪の父は飫肥に住む修験で西卜を名乗り、奥羽地方に行脚し俳人大淀三千風に会ったとされ、この三千風は元禄11年(1698)鵜戸神宮に来ている。西雪のとき城ヶ崎に移住するが、訳有って日高を名乗り明之のとき小村姓に戻している。
 小村家の俳系は西雪−西粒−菊路−五明−明之と続きそれぞれ「二松亭」を冠した。これは菊路が植えた松が大木となり城ヶ崎では有名であったことによる。明之は幼少から父五明に俳諧を学び、父の俳諧仲間太田可笛を師とした。

 太田家は足利尊氏に従って九州に下向、日向国に定住して14代目の二郎左衛門から伊東氏に属し21代忠信のとき城ヶ崎に移った。太田可笛は宝暦二年(1752)に生まれ、忠信から9代目にあたる。可笛は小村五明などと共に城ヶ崎俳壇の中心人物で、宮崎神宮境内に移設されている「猿蓑塚」を造立した江平の太田芳竹らと交流があった。
 可笛の「我宿も富りむ露おく八重葎(やえむぐら)」、句の前書きにあるように藩が奨める殖産事業にも協力した。
 南村家の俳系は梅雪−梅雨−如梅−梅家などがみえる。如梅は六郎兵衛といい梅雨の兄、梅雨の姉は小村五明に嫁いでいる。

 寛政4年(1792)6月16日、高山彦九郎は南村六郎兵衛家に泊まるが、このとき六郎兵衛は先祖について、土佐国南村梅軒の出身であること、それによって代々梅の字を号とし、7代前の祖梅雪は泉州より城ケ崎に来たと話している。泉州は和泉国(大阪府)、和泉から来た商人は、文化7年(1810)伊能忠敬一行が宿泊した和泉屋のように和泉を屋号にした。

 城ケ崎のほぼ中心の真宗宝泉寺近くに、城ケ崎俳壇で活躍した俳人の墓碑25基がある。これらは元もと妙観山と呼ばれた墓地にあった墓碑で、昭和44年から始められた区画整理事業で現在の地に移された。
 東入口から奥へ約25m、横幅約5mの空間に2列、向かい合って並ぶ。右列は手前から小村家、奥に南村家、左列は手前が太田家、奥に3家以外の俳人らが並び、太田可笛、小村五明、同明之、南村梅雨らの墓碑が存在する。他に可笛などが建立した石経塚3基が存在する。

参考資料
甲斐亮典「城ヶ崎俳人墓碑資料」
山口保明「先達逍遥-杉田文庫から」昭和63年1月〜12月、宮崎日日新聞掲載

2020-05-27 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
昭和40年宮崎大卒。県内小学校、県総合博物館、県文化課、県立図書館を歴任、平成15年宮崎市立生目台西小学校校長定年退職。現在、宮崎民俗学会会長、宮崎県立博物館協議会会長、
(県)みやざきの神楽魅力発信委員会副委員長、(県)伝統工芸品専門委員、
(県)神楽保存・継承実行委員、「米良山の神楽」記録作成調査委員

【著書】
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
『近世日向の修験道』 (鉱脈社)、他

【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史』
『北浦町史』
『日向市史』
『みやざきの神楽ガイド』
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