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宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.118 薩摩藩は門戸を閉ざし鎖国を行った(2)
前 田 博 仁 ( 宮崎民俗学会会長 )
薩摩領内の者の欠落(逃亡)を厳しく取り締まった
 番所は薩摩藩以外の者の入国・出国を監視するだけでなく、薩摩領内の者が出国するのも厳しく監視していた。特に庶民が領外へ逃げ失せる欠落(かけおち)も締まり、これに関しては厳重を極めた。

 寛文7年(1667)の「山之口御関所板御条書写」に、「欠落者の儀度々申し渡すごとく入念相改むべし、証文無きに於いては則ち追い帰すべし。御国の者(薩摩領民)欠落いたすに於いては、あい搦め鹿児島へ引き越すべき事」(『古今山之口記録』) とある。
 欠落については度々申し渡しているごとく念をいれて吟味し、往来手形など無い場合は即座に追い帰すこと、欠落した者は搦め捕り鹿児島へ引き渡すこというものである。

 宝永5年(1708)の御条書には、「御番所近辺御領内の者たりといえども、猥に徘徊せしめ候儀堅く停止さすべく候事」とあり、薩摩領内の者であっても番所近辺の徘徊をさせぬよう厳重に禁止している。さらに「欠落者改めの儀、毎々申し渡し候と雖も、過半捕らえず来たり候間、往還の者猶以って入念相改め申すべく候、夜中風雨の節は紛れ通る儀もこれ有るべく候間、怠りなく連々心掛け罷り出べき事」というものもあり、辺路番所に対しは夜間とか風雨に紛れて欠落するので念を入れるよう指示しているが、「過半捕らえず来たり」とあるように大多数は出奔を見落としていることを認めている。(『古今山之口記録』)

 欠落取締りが徹底していないとみた薩摩藩は、寛文7年(1667)にも同様の触れを出している。しかし、中には途中で捕らえられることも勿論ある。山之口青井岳(都城市)の天神ダム湖上流に無頭子という集落がある。現在は広い道路も通じて開けた感じであるが、江戸期ここは飫肥藩に接する辺境の地であった。

 天保14年(1843)1月10日、財部 (鹿児島県)の郷士松下七蔵ほか男女7人が山中を忍び通っているところを、伊右衛門という者が見付けて追いかけた。七蔵が刀を抜いて抵抗したので、鉄砲で何とか捕り押さえ麓に連行したが、七蔵は逃げ去ったというものである。(『古今山之口記録』)

 飫肥と境を接する山之口のほかに梶山や中郷(都城市)などにも多くの辺路番所を置き、蟻の這い出る隙もないほどの体制を敷いていたが、飫肥藩領へ2804人が逃げ込んで定住、過半一向宗門徒であったとしている薩摩密偵の報告がある。長い年月の内に2800もの一向宗門徒が飫肥へ移ったのであろうが、薩摩藩の体制から信じられない出奔者数である。ただ、何回にも及ぶ触れを出したということは、役人等をいくら叱咤激励、触れで締め付けても出奔が防げなかったことを意味する。

「オイガ叩ッ真似ヲスッヂ、ワヤアイタアイタチオラベヨ (俺が叩く真似をするので、お前は「アイタ―、アイター」と叫べよ)」と言った具合に、番所の囲いの中で地面を竹で叩いたとか、夏井番所(鹿児島県志布志)では福嶋(串間市)の紺屋へ行く理由にかせ糸を袂に入れていることと、心付けとして天保銭一枚(3千円程度)を包めば通行は簡単であったという。(『志布志町誌』)番所役人にも隠れ門徒がいたのではないかと推察する。
 なお、高鍋藩飛び地福嶋の番所役人は浄土真宗正国寺の門徒で、大隅(鹿児島県)の隠れ門徒の入国には寛大であったという。
2019-09-24 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
昭和40年宮崎大卒。県内小学校、県総合博物館、県文化課、県立図書館を歴任、平成15年宮崎市立生目台西小学校校長定年退職。現在、宮崎民俗学会会長、宮崎県立博物館協議会会長、
(県)みやざきの神楽魅力発信委員会副委員長、(県)伝統工芸品専門委員、
(県)神楽保存・継承実行委員、「米良山の神楽」記録作成調査委員

【著書】
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
『近世日向の修験道』 (鉱脈社)、他

【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史』
『北浦町史』
『日向市史』
『みやざきの神楽ガイド』
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