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体で感じる・心が育つ
こどもに関するコラム集!専門家がコラム・情報を掲載しています。
 
No.127 さあ、第1章の始まりです
原 田 京 子 ( 児童文学作家 )
「ALL or Nothing」、直訳すると「全か、無か?」。それが私の性格です。つまり、中途半端が嫌い。いいかげんなことをするくらいなら、しないほうがいい、そんな性格です。そして、「完璧主義」。その言葉の響きはいいですが、これはある意味とても厄介な性格です。「やる以上は極めたい」「こうと決めたら、やり遂げるまでは突っ走る」。そんな私ですから、手加減はありません。突っ走った後で、無理をしていたことに気がつくのです。そんな私が患った病の歴史を、私が出会った人々や、経験したこととともに振り返ってみることにします。

〈腎臓を患う。そして、不妊〉
 40年前、私は、小学校の教師をしていました。子ども達に囲まれて、本当に充実した楽しい毎日でした。
 私は、時々、子どもたちを連れて教室を抜け出したことがありました。霧島山の麓の小学校に勤務していましたから、自然が豊かで、子どもたちものびのびと育っていました。授業中に、ふと、教室から外を見ると、運動場を牛が走って横切っていたことがあり、その数分後に、その牛を追いかけて農家の方が走ってきた、そんな光景もありました。
 毎朝、学校に着くと、入り口のところで子どもたちが待っています。そうして、教材がいっぱい詰まった私の大きなカバンを教室まで運んでくれます。職員室に立ち寄る暇さえ惜しんで教室へ行きます。
 授業が終わって休み時間になると、私の机のまわりに子どもたちが集まってきます。昼休みにはいっしょに遊びます。時にはトイレまでついて来ます。そんなふうに、四六時中子どもたちといっしょの毎日が楽しくて、楽しくて、仕方がありませんでした。
 許可をもらうことなく学校を抜け出して野外授業なんて、現在の学校教育では考えられませんから、今考えると、怖いもの知らずの新米教師でした。そんな新米教師の私がしでかした突拍子もない出来事も、他の先輩の先生方が、私の知らないところでしりぬぐいをしてくださっていたのだと思います。いつのまにか、クラスの花壇にたくさんの花が植えてあり、お隣のクラスの先生が植えてくださっていたのだとわかって、子どもたちひとりひとりに「ありがとうございます」の言葉を届けさせたりしたこともありました。こうして振り返ってみると、本当に、なにからなにまで子どもたちと、先輩の先生方に恵まれた教師時代でした。
 しかし、家に帰ると、授業の準備や、子どもたちの日記と宿題のチェック。教材研究をしながら、机の上で、そのまま転寝をして朝まで。そんな日々が続いて、私は腎臓を患いました。
 医師から、「人工透析の一歩手前まで来ています。このまま無理を続けると子どももできなくなりますよ。」、そう、いわれました。
「倒れてから無理をしていたことに気づく」という性格のせいで、結局は体を壊してしまい、教壇を去ることになりました。病気を治すための療養生活が始まったのです。子ども達との楽しかった日々が、一転して、 私は、死んだようにして生きることになったのでした。
 そんな私が、どうやって生き返ったのか?
 それは、ほんのささいなことがきっかけでした。
 ある日、私は、大家さんの家に家賃を持っていった折、応接間のテーブルの上に置かれた新聞記事に目を留めます。それは、「小学館」の童話作品募集の記事でした。おそらくそのときの私は、心の中に、何か悶々とした思いを抱えていたのでしょう。その、心の中の思いをどうにかして吐き出したい、その方法を模索していたのかもしれません。
 その記事をいただいて家に戻り、すぐに原稿用紙に向かいました。今思い出してみても、そのときの私は、文章を作ることに、四苦八苦したという記憶がありません。おそらく、たまったものを吐き出すために、書くという行為がまさに最適だったのだと思います。
 そうして、腎臓を患った私は、小学校の教師をやめ、自宅療養をしながら児童文学の執筆をすることに喜びを見つけ出すことができたのでした。
(つづく)

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 半年前の3月のコラムで、
「内容を次の月へと続くものへとしたいと思っています。これまで書いてきた100以上の内容を集約しながら、ひとつの方向性を持って書いていきたいと思います。どうしてそういう構成にしようと思ったのか? それは、読んでくださる方にも、書いている私と同じ方を向いていただくことで、いっしょにより良い子育てを目指していくことができると考えたからです。」
 
そう予告していましたが、今月がその第一弾です。内容は来月へと続きます。お楽しみに。
2018-09-03 更新
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著者プロフィール
原田 京子(はらだ きょうこ)
1956年宮崎県生まれ
大学院修士課程修了(教育心理学専攻)

【著書】
児童文学
『麦原博士の犬語辞典』(岩崎書店)
『麦原博士とボスザル・ソロモン』(岩崎書店)
『アイコはとびたつ』(共著・国土社)
『聖徳太子末裔伝』(文芸社ビジュアルアート)
エッセー
『晴れた日には』(共著・日本文学館)
小説
『プラトニック・ラブレター』(ペンネーム彩木瑠璃・文芸社)
『ちゃんとここにいるよ』(ペンネーム彩木瑠璃・文芸社)
『タイム・イン・ロック』(2014 みやざきの文学「第17回みやざき文学賞」作品集)
『究極の片思い』(2015 みやざきの文学「第18回みやざき文学賞」作品集)
『ソラリアン・ブルー絵の具工房』(2016 みやざきの文学「第19回みやざき文学賞」作品集)
『おひさまがくれた色』(2017みやざきの文学「第20回みやざき文学賞」作品集)

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