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みやざき風土記
県総合博物館・県文化課・県立図書館で民俗や文化財、郷土史料等専門的業務に長年従事した専門家が、風土や風俗、伝統芸能、地域史など宮崎の文化を分かりやすく紹介します。
 
No.179 法華嶽寺の和泉式部伝説
前 田 博 仁 ( 宮崎民俗学会副会長 )
法華嶽寺の和泉式部伝説

 平安中期の歌人で中古三十六歌仙の一人である和泉式部が、病気平癒のために法華嶽寺、現在は法華岳薬師寺(国富町)を訪れたという伝説がある。これについては、文政7年(1824)薩摩藩名勝志再撰方掛町奉行から示達され、高岡郷で実地調査された『高岡名勝志』や天保14年(1843)に薩摩藩が薩摩・大隅・日向(一部)三国の地誌や名所を記録した『三国名勝図会』に詳しく掲載されている。県内市町村史誌などにある和泉式部伝説の多くはこれらから引用している。

 『和泉式部は重篤な皮膚病を患うが種々の医療も効験なく、京都の清水観音に参籠したところ、米山、鳳来寺、法華嶽寺三所の薬師に祈るべく夢告を受けた。これにより越後(新潟)の米山薬師、三河(愛知)の鳳来寺に籠り祈ったが効験はなかった。それで遥か日州(宮崎)に下り法華嶽薬師に参籠しと雖も応験を得られなく、この世の業縁もこれまでと思い、身を墜して死せんと志を定め、辞世に、
南無薬師諸病悉除の願立て 身より仏の名こそ惜しけれ
と詠じ、合掌閉目して、千尋の崖より自ら墜けるに、不思議に救い助られ、一人の異人が式部の眼中に現じ、その手をとり、
村雨は只ひと時のものぞかし 己が蓑笠そこに脱ぎおけ
という声に、永年の病は突然平癒し元の玉のように美しい姿に復し、再び京都に帰った、(中略)今に身投岡、式部谷等及び式部寄進の琵琶等残れり』 (『三国名勝図会』) というものである。

和泉式部琵琶

『(和泉式部は)和泉守橘道貞の妻なりけるが、いつの年にや奇(く)しき病有て、歳月を文無(あやな)くうらぶれて経にけるを、時しありて射干玉(ぬばたま)の夢に、清水観音菩薩の現われまして、式部うつしき身にやみたる病を除かん事を願い給ば、日向の国なる眞金の御山の奥に在(ましま)す薬師如来の御堂に籠りいて、いみじく誓い立て侍りて祈り願いつべし、さればすゞやかなる昔の身にもかえりなんと仰せたり、畏くもあなられしとおもい、頓(とみ)に旅の装いして、いずれの年にかこの御寺に詣て侍りて年月をけみし、夏の日は汗もしとらに袂をしぼり、冬の夜は霜も志みゝに起いて祈りに祈り祀れども、のどけきしるし有とも知れず年経にけり、いでや仏の恵みも絶えにしと思い極めて一首の歌に、
南無薬師諸病悉除の願立て 身より仏の名こそ惜しけれ
と詠みて、千尋の谷に身を打ち投げて暗き道に消えなんと思いつゝ有ければ、幻のうつゝにや有るらん、茜さす日影新たなる法(のり)の場(にわ)に奇(あや)にかしこく如来の在して、
村雨は只ひと時のものぞかし 己が蓑笠そこに脱ぎおけ
と詠じ給える御歌の御声さざやかに聞えつれば、心のどかにさめ侍りて病はさらに消え失せて、いといとも健やかなる身となりて再び都へ上りてし、然る程に式部都より常しえに帯びて手慣れし琵琶一尾もありけるを、如来御堂に納めまつりて末の世までもかゝる病を除き給える深き恵みの標ありつるためしを残し侍りけるとてなむ(後略)』(『高岡名勝志』)

島津斉彬身投嶽を見物する

 嘉永6年(1853)11月、薩摩藩主島津斉彬が高岡(宮崎市)を巡見している。同月5日香積寺に立ち寄り月知梅を見物、次に穆佐の悟性寺に参拝した。次に関外四ヶ郷(高岡・穆佐・倉岡・綾)の郷士による操錬を川原で見て粟野神社に参拝、そこでは早馬の披露があり午後4時頃帰館した。
 翌6日は午前7時頃出立、法華嶽寺を参詣し和泉式部の身投嶽を見て、深年を経て暮れ時高岡に帰っている。
 明治初期に編さんされた『日向地誌』には、
 「法華嶽、山阪ノ中央左ノ側ニ和泉式部身投ノ瀧(崖)ト呼フ処アリ、俗説ニ云式部悪疾ヲ患ヘ此ニ来リテ疾ヲ祷レトモ効験ナキ故ニ、千仭ノ深壑ニ臨ミ身ヲ投ント思ヒ歌ヨミテ□拝シケルニ、霊験アリテ疾モ立トコロニ癒ヘケレハ再ヒ都ニ還リ上レリト」と記されている。
※宮崎県では崖のことをタキ、ダキという。

参考資料:『三国名勝図会十九』薩摩藩、『研究資料第1集高岡名勝志』宮崎県地方史研究会
2018-06-12 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
昭和40年宮崎大卒。県内小学校、県総合博物館、県文化課、県立図書館を歴任、平成15年宮崎市立生目台西小学校校長定年退職。現在、宮崎民俗学会副会長、宮崎県立博物館協議会会長、
(県)みやざきの神楽魅力発信委員会副委員長、(県)伝統工芸品専門委員、
(県)神楽保存・継承実行委員、「米良山の神楽」記録作成調査委員

【著書】
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
『近世日向の修験道』 (鉱脈社)、他

【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史』
『北浦町史』
『日向市史』
『みやざきの神楽ガイド』
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