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宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.99 宮崎県内最古の松ヶ迫窯跡
 ( 宮崎民俗学会副会長 )
 考古学に於ける埋蔵物、出土遺物にツボやカメ、皿などの土器がある。土器には縄文時代に使われた縄文土器、弥生時代に使用された弥生土器があり、さらに古墳時代に使用された土師器(はじき)と須恵器(すえき)がある。土師器は赤茶色でもろく弥生土器の流れをくみ、古墳時代から奈良・平安時代まで作られた。須恵器は古墳時代から平安時代まで作られた陶質土器で青灰色の硬い器である。

 土師器はもろく須恵器は硬いという両者の大きな違いは焼き方にある。土師器は成形した器を地面にならべ、その上や周囲に木の枝などを積み重ねて燃やし(野焼き)焼成する。このときの焼成温度は800〜900度、須恵器は窯で焼き上げ温度は1100度くらいであるという。窯は焚き口、燃焼室、排煙孔からなり、野焼きより高い熱を保つため土器は焼き締り硬く仕上がる。

 宮崎県内には縄文・弥生の遺跡も多数確認され、古墳については3,000を超える所在が確認されている。しかし土器を焼いた窯跡の確認は少ない。確認された窯跡は宮崎市松ヶ迫と同市佐土原町下村、延岡市苺田、同市古川の4ヶ所。
 松ヶ迫窯跡は、昭和39年(1964)宮崎市大字本郷南方字松ヶ迫、通称「岩切池(松ヶ迫池ともいう)」で発見され、同41年石川恒太郎氏らによって調査された。窯跡は池岸(※1)の丘陵を利用して数基の窯が設置され、焚き口が東側、窯は平行して2つあって北側を第1号、南側を第2号と称した。第1号は長さ3.45m、幅1.25m、燃焼部の一部が残っていたが、排煙部の上部は材木切り出しの山道開鑿で削り取られていた。第2号窯は全長2.80m、幅1.16mであった。窯跡には多数のカメの破片が存在、それには「叩き目」と「当て具」の痕跡が残っていた。出土資料から8世紀中頃から9世紀初頭と考えられ、現時点では宮崎県最古の窯跡で、奈良時代の日向窯業のあり方を考える上で重要であるという。ちなみに下村窯跡は9世紀後半、苺田窯跡は9世紀代、古川窯跡は9世紀から10世紀である。
 松ヶ迫窯跡は清武川左岸の丘陵に位置する。同窯跡から数キロ離れた清武川右岸の丘陵には、宮崎大学や宮崎医科大(当時)、団地などの造成中に確認された遺跡が6ヶ所(学園都市遺跡)あり、そこから出土した須恵器と松ヶ迫窯跡出土の須恵器の胎土(たいど)分析から、強い関連性を指摘した論文数点がある。(「松ヶ迫窯跡の再検討」) つまり松ヶ迫で焼かれた土器を現在学園都市となっている丘陵で生活していた古代人が使っていたということである。
 松ヶ迫窯跡がある丘陵や周辺は、高度経済成長期から宮崎市街地近郊の団地として急速の開発され、それに伴う発掘調査が行われて東宮遺跡や平田遺跡が確認された。東宮・平田両遺跡は松ヶ迫窯跡から数100m離れた所に所在し、これらに住んだ古代人は松ヶ迫で焼成された器など使用したと思われるが、出土資料が少ないのか両遺跡と松ヶ迫窯跡との関係性は不明。さらに団地造成などで溜め池の一部が埋め立てられ、現在窯跡は所在不明となっている。

参考資料:今塩屋毅行・秋成雅博『宮崎考古第20号−松ヶ迫窯跡の再検討−』
窯跡写真:鈴木重示氏撮影、『宮崎考古第20号』掲載 協力:秋成雅博氏
※1「溜め池の岸」と読み取れるが、丘陵に形成された小さな谷間に、年代は分からないが堤を築き水を溜め農業用水に利用したもので、窯跡は丘陵と小谷の間の法面(斜面)に築かれたものと思われる。
2018-03-15 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
昭和40年宮崎大卒。県内小学校、県総合博物館、県文化課、県立図書館を歴任、平成15年宮崎市立生目台西小学校校長定年退職。現在、宮崎民俗学会副会長、宮崎県立博物館協議会会長、
(県)みやざきの神楽魅力発信委員会副委員長、(県)伝統工芸品専門委員、
(県)神楽保存・継承実行委員、「米良山の神楽」記録作成調査委員

【著書】
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
『近世日向の修験道』 (鉱脈社)、他

【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史』
『北浦町史』
『日向市史』
『みやざきの神楽ガイド』
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