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宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.96 田原坂の戦いで散った谷村計介
前 田 博 仁 ( 宮崎民俗学会副会長 )
 谷村計介は嘉永6年(1853)倉岡村(宮崎市)の薩摩藩郷士坂本利右衛門の次男として生まれた。4歳のとき谷村平兵衛の家を継いだ。谷村家は父利右衛門の親戚で文政4年(1821)谷村平兵衛の死去以来潰家となっていたのを、利右衛門が計介に継がせて谷村家を復興した。
 明治5年(1872)鎮西鎮台鹿児島分営に入り、熊本鎮台本営に転じた。同6年4月対馬の守備で派遣され10月に帰還、同7年2月、江藤新平ら不平士族が起こした佐賀の乱が起こり、計介はここで戦功をあげ陸軍伍長に任ぜられた。8月には台湾出兵があり、これに出征し12月に凱旋した。
 明治9年神風連の乱鎮圧に従軍、明治10年(1877)には西南の役が勃発した。西郷隆盛を擁する西郷軍は2月22日から熊本鎮台(熊本城)を攻撃、西郷軍に包囲された鎮台司令長官谷干城(たにたてき)は、窮状を城外の官軍に伝え進軍を促すよう、連絡をとることを谷村計介に命じた。

 2月26日計介は鍋釜の煤で身体を汚し、着古した着物をまとって城を出るが西郷軍兵に捕えられた。1度目は近くの農夫と称し、2度目は官軍の脱走兵と偽り、ようやく戦線を突破、3月2日官軍陣地に着いた。第2旅団長野津少将に城中の状況を報告し大任を果たし、再び第一戦に復帰した。
 3月4日田原坂の激戦で銃弾を受け戦死、25歳だった。
 倉岡は、高岡・穆佐・綾とともに薩摩藩関外四ヶ郷と言われ、薩摩藩士としての意識が強く、倉岡からの西郷軍参加者は70人、政府軍兵士は計介と他1人の2人だった。一家は周囲から冷たい目で見られ葬儀も会葬者は少なく、妻とよは村八分状態となり実家へ引き取られた。
 明治16年(1883)計介の功をたたえた「軍人亀鑑」の碑が靖国神社境内に建てられ、大正13年(1924)従五位は贈られた。

 「西南の役」をモデルにしたトム・クルーズ主演の米国映画「ラストサムライ」がある。西郷隆盛と思しき人物勝元を渡辺謙が演じた。トム・クルーズは南軍やインディアンと戦ったネイサン大尉、はじめは明治政府の軍隊指導として来日するが、次第に勝元の生き方や人柄に魅かれ行動をともにするという役であった。
 西南の役が始まる少し前、米国では1865年に南北戦争が終わり中古銃が大量に残った。米国はそれを日本に売る交渉をしていたらしく、映画では銃器メ−カ−、ウィンチェスタ−社の名も登場する。
 映画の最後は近代兵器を備えた政府軍に、反乱軍の侍たちが抜刀して斬り込み、勝元以下全員が討ち死にするというものであった。
 徴兵制で召集された農家の二男・三男は、明治政府によって近代軍隊に養成された。洋式戦術を身につけ最新銃で固めた官軍は整然と攻め、戊辰の役で使用した旧式銃のみ所持する西郷軍には初めから勝ち目はなかった。
 田原坂(熊本市)や和田越(宮崎県延岡市)の戦いも斯くあったと思われる。

参考資料:『宮崎県大百科事典』宮崎日日新聞社、「谷村計介」顕彰碑文
※佐賀の乱
明治7年(1874)2月、佐賀の不平士族が江藤新平らを指導者として蜂起した反乱。(『広辞苑』)
※神風連の乱
明治初年(1868)の秋月の乱・萩の乱とともに新政府の開明政策に反対し、熊本に起こった不平士族の反乱。明治9年旧熊本藩士族170余名は廃刀令を不服として挙兵、熊本鎮台を襲って鎮台司令官らを殺害したが間もなく鎮台兵に鎮圧された。(『角川日本史辞典』)
※西南の役
明治10年西郷隆盛を中心とした鹿児島士族の反政府暴動。征韓論に敗れた西郷は下野、私学校を中心に子弟を養成、鹿児島では士族の支配体制が続き、政府の開明的諸政策や士族解体策に反対した。西郷は私学校の子弟に擁され熊本鎮台を攻撃、明治政府は徴兵令による洋式軍隊で鎮圧した。9月24日西郷軍の指導者は戦死または自刃し、終わった。明治政府に対する不平士族の最大で最後の反乱であった。
2017-11-28 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
昭和40年宮崎大卒。県内小学校、県総合博物館、県文化課、県立図書館を歴任、平成15年宮崎市立生目台西小学校校長定年退職。現在、宮崎民俗学会副会長、宮崎県立博物館協議会会長、
(県)みやざきの神楽魅力発信委員会副委員長、(県)伝統工芸品専門委員、
(県)神楽保存・継承実行委員、「米良山の神楽」記録作成調査委員

【著書】
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
『近世日向の修験道』 (鉱脈社)、他

【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史』
『北浦町史』
『日向市史』
『みやざきの神楽ガイド』
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