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みやざき風土記
県総合博物館・県文化課・県立図書館で民俗や文化財、郷土史料等専門的業務に長年従事した専門家が、風土や風俗、伝統芸能、地域史など宮崎の文化を分かりやすく紹介します。
 
No.171 宮崎の神楽にみる修験道の痕跡(2)
前 田 博 仁 ( 宮崎民俗学会副会長 )
反閇(へんばい)

 宮崎の神楽で「ヘンベ(ヘンブとも)」という独特の足運びがあることをよく耳にする。「ヘンベ」は「反閇」のことで、元もと陰陽師(おんみょうじ)が行った呪法の特殊な足踏みで、邪気を祓い正気を迎えるもの。延岡市北浦町三川内神楽では「もじり反閇(へんべ)」と呼ぶ足運びをする。西都市尾八重神楽では「地割」舞で「左手に刀、右手に鈴で五方を割る。一方向に力強く「ヘンベ」を踏む所作三回」とある。舞手にその所作をして貰って何となく理解した気持ちになるが真似はできない。反閇をマジカルステップという研究者もいる。

神仏混淆

 奈良時代中期、神祇と仏教との習合する考えが発生、やがて神を仏の下位に位置づける考えとうつり、平安時代末には神は仏の化身(権現)とする本地垂迹(ほんじすいじゃく)説が完成した。寺院境内に神社を、神社には神宮寺・別当寺という寺を建てた。修験道は神仏混淆(神仏習合)であった。宮崎では鵜戸神宮に仁王護国寺、都農神社に大泉寺があったし、延岡市の光明寺は境内に淡島明神を祀っている。
 高千穂神楽や米良の神楽では唯一神道の影響を受け仏教色を一掃したが、椎葉や諸塚では神道化の影響が強く現れず、神楽に神仏混淆の唱教や問答が残っている。
「抑も抑も明神の本地は如来なり。(略)天照大神の本地しやか如来、春日大明神の本地はあみだ如来(略)」(椎葉村嶽之枝尾神楽の「綱の問答」)
 「そもそも我朝は、神国成りと云えども仏をもって本地とす、神道も両部習合の神道あり、伊勢の国天照大神の本地は大日如来なり(略)」(椎葉村栂尾神楽の「芝荒神」)である。
 前号で紹介した諸塚村戸下神楽「山守」の「掛句」、「迷故三界城、悟故十方空(略)」は「古徳之偈」といい仏教の真理を詩の形で述べたものである。
 天正6年(1578)、薩摩島津氏と豊後大友氏が日向国小丸川及び耳川(宮崎県)で戦い、多くの戦死者がでた。島津氏は敵味方の霊を祀る六地蔵幢を建立したのが「宗麟原供養塔」(国指定史跡)で塔身に「古徳之偈」が刻んである。

神楽衣装は白が基調

 修験修行を支える思想に入峰修行(にゅうぶしゅぎょう)の苦行のなかで滅罪し、再び母胎にやどり仏性をそなえた新しい人間に生まれ変わる「擬死再生(ぎしさいせい)」という考えがある。山伏衣装は白が基調であるのは死装束を表わしていると思われる。宮崎県内の神楽では、着面舞で千早や幅広の袴など色つきの衣装を着用するが、鈴や幣、刀などを持って舞う素面舞では、白衣に白袴、白の素襖を着し、白衣装が主である。椎葉村向山日添神楽は白衣に白袴、白鉢巻を着し、鉢巻には五角形の白紙(スミトリ)を宝冠として挟むが、擬死の衣装と思われる。
 宮崎では神楽を「神事(かみごと)」という。神に奉納する舞であるから清浄であることを必須とする。銀鏡神楽では夜神楽当日の早朝祭場に集合し注連立てなど準備を行い、それが終わると全員帰宅し入浴して身を浄め、白衣・黒紋付に着替えて祭場に来る。宮崎の神楽は舞始めと終わりに舞手は必ず神前に礼をし、観客に向かって礼をしない。人に見せる、人を楽しませる芸能ではなく、神に捧げる神事という考えが根底にある。

色幣と陰陽五行説

 米良の神楽や高鍋神楽、宮崎や日南地方の作神楽では、神社境内に舞処を設え椎や樫などの常緑樹で垣(ヤマ)を作る。その中心に神の依代(よりしろ)である注連柱を立て、柱に巻きつけたワラ束や柴束に青・赤・白・紫・黄の色幣を挿す。
 高鍋神楽では舞処の四隅の青竹に、東は青、南は赤、西は白、北は紫(黒)の幣と括りつける。高鍋神楽「地割」に、「栄惣元年辛卯の年、東方に青帝青竜王、南方に赤帝赤竜王、西方に白帝白竜王、北方に黒帝黒竜王、中方に黄帝黄竜王、(略)」と問答する。
 日南神楽では舞処の中央に金笠(天蓋)を吊るし、東は青、西は白、南は赤、北は紫の色幣を付け、金笠中央上に黄幣を立てるなど、五行説が活きている。
 高千穂神楽では舞処に彫物(えりもの)という切り紙を巡らす。「梅に鶯」「モミジに鹿」など絵の彫物に混じって「木」「火」「土」「金」「水」の文字の彫物がある。木火土金水は陰陽五行説が基になっている。

穢れ

 大峰山を登拝する行者は、社会の俗悪にそまった身を麓にある龍泉寺で禊・祓いを済ませて山上ヶ岳をめざす。多くの霊峰が女人禁制を解いたが、唯一大峰山だけはこの禁制を守っている山である。
 祝子とか役員など神楽関係者に死者が出ると、その年の神楽を中止する。神楽関係者でない人に不幸があった場合、その家族は神楽を見に行くこと、祭りに参加することを遠慮しなくてならない。これは昔からの習わしで集落内の付き合い方である。
 また、舞処に女性が立ち入ること、神楽面に触ること禁止している。銀鏡神楽では来賓などに夜食を提供するがお膳運びは男、昔は神楽に振舞う料理も男たちがしていたという。これは穢れを忌む修験道の考えで、神楽関係者では「黒不浄」「赤不浄」という。
2017-10-10 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
昭和40年宮崎大卒。県内小学校、県総合博物館、県文化課、県立図書館を歴任、平成15年宮崎市立生目台西小学校校長定年退職。現在、宮崎民俗学会副会長、宮崎県立博物館協議会会長、
(県)みやざきの神楽魅力発信委員会副委員長、(県)伝統工芸品専門委員、
(県)神楽保存・継承実行委員、「米良山の神楽」記録作成調査委員

【著書】
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
『近世日向の修験道』 (鉱脈社)、他

【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史』
『北浦町史』
『日向市史』
『みやざきの神楽ガイド』
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