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宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.89 成人式発祥の地 宮崎県諸塚村
前 田 博 仁 ( 宮崎民俗学会副会長 )
 成人式は満二十歳になった男女が社会的にも法律的にも大人と認められる儀式、冠婚葬祭の冠にあたる(『広辞苑』)。平安時代、貴族社会では衣冠束帯(いかんそくたい)の冠、すなわち被り物を頭につけることによって成人したことを表わした。武家社会では前髪を剃り落とし烏帽子をつけ、童名を改名する成年祝いをした。庶民では13才位で前髪を落とすとか、若者組に入るなどの行為で社会の一員と認めれた。女子は一定年齢に達し、初潮をみると衣服や髪型を改め、一人前の女性になったことを表わした。成年を迎えた者は一人前として労働も結婚も認められた。
 昭和23年(1948)「成人の日」が定められ1月15日を区民の祝日として、満二十歳となった青年男女を祝い励ます日とした。現在はハッピーマンデー制度で1月第2月曜となっている。

 宮崎県諸塚村に「成人式発祥の地碑」がある。碑文の概要は「昭和20年8月、第二次世界大戦に敗れた国民は希望を失い、道徳は廃れ、郷土の将来を背負う若者から成人としての自覚が喪失しつつあった。これを憂えた先人たちは郷土の復興を願い、諸塚村文化会を結成して教育に力を注いだ。昭和21年から男子20才、女子18才の若者を対象に、約10日間の宿泊訓練(成人講座)を行い、最終日を成人祭と称して証書を授与した」というもの。第1回は昭和22年4月3日で、国が成人の日を制定する1年前だった。当時の藤井村長は社会教育による村起こしを力説し、成人式を村の行事としえて定着させた。諸塚村は国の成人式制度設定より早く青年男女の研修と成人式を行っていたのである。

2017-04-25 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
昭和40年宮崎大卒。県内小学校、県総合博物館、県文化課、県立図書館を歴任、平成15年宮崎市立生目台西小学校校長定年退職。現在、宮崎民俗学会副会長、宮崎県立博物館協議会会長、
(県)みやざきの神楽魅力発信委員会副委員長、(県)伝統工芸品専門委員、
(県)神楽保存・継承実行委員、「米良山の神楽」記録作成調査委員

【著書】
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
『近世日向の修験道』 (鉱脈社)、他

【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史』
『北浦町史』
『日向市史』
『みやざきの神楽ガイド』
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