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みやざき風土記
県総合博物館・県文化課・県立図書館で民俗や文化財、郷土史料等専門的業務に長年従事した専門家が、風土や風俗、伝統芸能、地域史など宮崎の文化を分かりやすく紹介します。
 
No.165 山アテ
前田 博仁 ( 宮崎民俗学会副会長 )
 山アテとは沿岸漁民が山や岬などを見通して、漁場を確認するために用いた方法である。岩礁や浅瀬になっている所は、格好の漁場となっているので漁師はそれらで漁をする。海面上に出ている岩礁や水面からあまり深くない瀬は白波が立つので、岩礁や波を観てその位置を知るが、波が立たない浅瀬は山々の重なりや山と岬、または島や高い樹木などを見通してその位置を知る。それを山アテとか山タテ、山ヲミルなどという。

 宮崎県内では岩礁や浅瀬を「瀬」「ハエ」「バエ」などと言い、山々の重なり等で漁場を知ることを「山アテ」または「山タテ」と言った。
 山アテは漁法で異なる。一本釣り漁とたて網漁は、底瀬(そこぜ)といい、瀬(岩礁)が海面に出ていない所で漁をするので山アテした。ハエナワ漁は瀬縁(せぶち)といい、瀬の周辺を山アテした。

直海の山アテ
 延岡市北浦町直海(のうみ)の漁師が漁場としている瀬やバエは、北から県境のウトザキ(宇土崎)、イモノコ(芋の子礁)、カリバエ(かり礁)、ナカノハエ、シバエ、ニシバエ(西礁)、オウバイ、ヒコミゼ、アサゼ、ヒラバイ、カジガセである。これらのほとんどは岩礁として海面上にでているので位置は分かる。ヒコミゼは水深40尋(ひろ)あるので山アテで知る。
 左の方角は烏帽子礁と斗枡崎を見通し、右の方角はジの鼻と波瀬川原の滝を見通した線の交差した点である。アサゼも海面下の礁であるが台風時には波頭が立つので覚えておく。
 これらはメジナやイシダイ、マダイ、ハマチ、ブダイの漁場である。

 市振(いちぶり)の山アテ
 キビナゴゼは右手の高島の鼻と小島の松を見通し、左手は斗枡の鼻と横島の松を見通す位置である。斗枡のアセゼは、右手は斗枡の鼻と烏帽子バエ、左手は斗枡の鼻とクロバエを見通す。イセエビが獲れる。ここは難破船が多く観音様を祀っていた。ヒコミゼ(彦右衛門瀬)は、右手は斗枡の鼻と烏帽子バエ、左手は横島とジョウゲジ(山)・陣ヶ峰を見通す。イセエビが獲れる。カジガゼは右手が島野浦の一のヘ、二のヘ、三のヘと遠見鼻と見通し、左手は斗枡の鼻とクロバエを見通す。棒受け漁の漁場でタイやイセエビ、イワシが獲れる。シマダシは右手センザキの鼻と黒島、小タカ・大タカダシは右手大分県鶴見山とセンザキの鼻を見通す。オンダキモタレは右手が鶴見山とセンザキの鼻、左手が行縢山と遠見鼻を見通す。オンダキは行縢山のこと。

現在の山アテ
 平成の初め頃まではロランCで、現在はGPSで位置をする。

◆資料:『北浦町史通史編、第五編海と山の民俗』前田博仁執筆
2017-04-11 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
1942年宮崎市生まれ 宮崎大学学芸学部卒 県内小学校、宮崎県総合博物館、県文化課、県立図書館、宮崎市生目台西小学校校長等歴任、定年退職後きよたけ歴史館館長
現在、宮崎民俗学会副会長、清武町史執筆員、県伝統工芸審議会委員

【著書】
『鵜戸まいりの道』(私家版)
『歩く感じる江戸時代 飫肥街道』(鉱脈社)
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史 民俗編』
『北浦町史』
『日向市史』
『角川日本地名大辞典 宮崎県』(角川書店)
『郷土歴史大事典 宮崎県の地名』(平凡社)
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