宮崎みんなのポータルサイト miten !でグルメ・イベント等の生活情報をチェック!
働いてミテン
ユーザー名:
パスワード:
トップ | 無料会員FAQ | サイトマップ | リンク集 |
すべて 食べる
遊ぶ 買う
キレイ 暮らす
健康 医療・福祉
でかけてmiten
買ってミテン
働いてミテン
ミテンの本棚  >  みやざき風土記

みやざき風土記
県総合博物館・県文化課・県立図書館で民俗や文化財、郷土史料等専門的業務に長年従事した専門家が、風土や風俗、伝統芸能、地域史など宮崎の文化を分かりやすく紹介します。
 
No.77 七日正月の鬼火焚き
前田 博仁 ( 宮崎県民俗学会副会長 )
 1月7日は七日正月という。盆の15日と正月が古くは先祖を祀る日とされ、これに先立って行われる物忌みの開始期として、月のない朔と望月十五日の中間、正月7日と盆月7日(七夕・七日盆)が定められたとされている。1日の大正月が重んじられるようになってくると、六日年越し・七日正月は望正月の始まる日という意味は薄れ、元日から続いた大正月の終わる日という風に変わった。七日正月の行事としては七日粥を祝う、注連飾りを焼く行事が残っている。

 宮崎県において七日正月の夜行われる火祭り行事は、「鬼火焚き」「鬼の目焼き」「鬼の目はしらかし」「鬼の目撃ち」「オネッコ」「オネッコカッコ」などと呼ばれる。元旦から続いた正月がこの日で終わり、正月の注連飾りや門松等を取り払い、それを集めて焼く。この火に当たったりこの火で餅を焼いて食べたりすると健康になるといわれ、子ども達は竹の先に餅をつけ炙って食べる。また、松飾りと一緒に青竹を燃やすのでポンポンと弾け、その炸裂音で鬼退治・悪魔祓いをするともいう。

 五ヶ瀬町三ヶ所では鬼火焚きといい、田んぼに1.5m程の青竹を4本立て、7日の未明松の内に飾ったものと竹と積み重ねて焼く。その火で餅を炙って食べたり、残り火を火種にして七草雑炊を炊いたりして、無病息災を祈る。また、燃え残りの竹を持ち帰り、四つ割りにして田畑に立て豊作を祈願する。

 高千穂町三田井では鬼の目はしらかしといい、道路の三方辻で火を焚き2m位に切った青竹を炙る。熱くなった竹を丸太や石に叩き付けパーンという炸裂音を出す。割れた竹を四方にまげて立てておくと、鬼が来たときその竹の先がはじけて鬼の目を突くいわれている。

 日之影町松ノ内でも鬼の目はしらかしといい、田んぼで火を焚きそこに2m位の青竹をくべる。竹の切り口から湯気が出てきたら岩や切り株に打ちつけて竹を破裂させる。そのときの破裂音で鬼払いをする。

 椎葉村小崎では鬼火焚きといい、村中の者全員が青竹を切ってきて焚き物と一緒に谷で焼く。竹のパンパンと弾ける音で悪魔祓いをする。また、焼いた竹を三角形(鬼の弓という)に折りまげ畑に立てる。

 西郷村山三ケ(美郷町)では松あがりといい、朝、注連飾りや門松など正月の飾り物を庭先で焼く。その火で若竹を炙って曲げ、オニシボリを作って1月中集落や屋敷の入口に立てておく。また、この日、40儖未棒擇辰織椒蹈瓮シ(イヌガヤ)とダラ(タラノキ)を組にして神仏に供え魔除けとした。

 南郷村水清谷(美郷町)では鬼火焚きといい、正月に飾ったツルの葉(ユズリハ)やウラジロ等を燃やす。ツルの葉は鬼の舌、ウラジロは鬼の肋骨という。鬼火焚きを済ませると前もって用意していたボロメギ(イヌガヤ)やダラを神仏に供える。

 西都市尾八重では鬼の目撃ちといい真竹を持って集まり、それを火で熱し石に強く打ち当てて破裂音を出す。この音で鬼の目をつぶすといわれる。

 国富町籾木ではオネブ焚きといい、夕方子どもや若者がワラや薪、青竹を持ちより、山のように積み上げて火を着ける。竹が焼けて弾ける音と猟師が実包を撃つ音が鬼の目を撃つとされている。

 野尻町栗須(小林市)ではオネッコ焚きといい、広場に2m位の竹数十本を井桁に組んで積み上げる。中心部には6m位の竹を立て、周囲にワラを置き火を着ける。燃え尽きて中の大竹が倒れた方角がその年の運がよいといわれている。

 えびの市上江ではオネッコカッコといい、ワラを焚きそれで青竹をいぶし大石に打ち付けて破裂させる。その破裂音と同時に「エイヨー」と囃し祝う。

 都城市上長飯ではオネッコ焚きといい、夜、各家庭から門松や注連飾り竹などを集め、田んぼに持ちより積み上げて燃やす。残り火で餅を焼いて食べる。

 三股町宮村ではオネッコといい、各戸の松飾りや節木を取り払いそれを田んぼに等広い所に集める。中心に孟宗竹を立て周りに松飾り等を積み上げる。夕方、火を着け子ども達はこの火で餅を焼いて食べる。大人は鬼の目射りといって猟銃(空包)を撃ち悪魔祓いをした。松飾り・節木を飾った門口にタラやモロムギを立てた。

 これらの多くは青年団組織の廃れと共に行われなくなったが、近年子供会世話役の大人たちが地区老人会の指導を得て復活する地区が現れるようになった。
2011-01-11 更新
2019 | 02 | 03
2018 | 02 | 03 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2017 | 02 | 03 | 04 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2016 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2013 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2010 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
2007 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12
著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
1942年宮崎市生まれ 宮崎大学学芸学部卒 県内小学校、宮崎県総合博物館、県文化課、県立図書館、宮崎市生目台西小学校校長等歴任、定年退職後きよたけ歴史館館長
現在、宮崎県民俗学会副会長、宮崎県観光審議会委員、清武町史執筆員

【著書】
『鵜戸まいりの道』(私家版)
『歩く感じる江戸時代 飫肥街道』(鉱脈社)
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史 民俗編』
『北浦町史』
『日向市史』
『角川日本地名大辞典 宮崎県』(角川書店)
『郷土歴史大事典 宮崎県の地名』(平凡社)
(1) 2 3 4 5 6 7 8 9 10 » 
PopnupBlog 3.0 Denali-1225 created by Bluemoon inc.  
e87.com(株式会社千趣会イイハナ)
富士通パソコンFMVの直販サイト富士通 WEB MART