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宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.124 雨乞い祈祷が行われた水沼神社
前 田 博 仁 ( 宮崎民俗学会会長 )
 高鍋藩では元禄6年(1693)から安政元年(1854)までの161年間に祈雨・祈晴の祈祷が306回行われた。祈雨とは雨乞いのことで治水が十分でない江戸時代、農作は天水に頼るしかなく干天が続くとお手上げの状態で、村々では農民たちが祈祷を行い降水を祈った。
 高鍋藩は祈祷を円実院と日光院に命じた。円実院は藩内修験宗本寺で松尾山円実院地福寺と称し150石を給され、京都三宝院門跡の袈裟頭として末寺15か寺と高鍋山伏19院を配下に置いた。日光院は藩内真言宗本寺で大聖山日光院高月寺といい藩から37石を給され23か寺の末寺を有した。

 文化7年(1810)7月16日、「日置湖水ニテ御祈雨日光院相勤後追々」、文化12年6月7日、「於日置湖水ニテ御祈雨日光院相勤」、文政3年(1820)7月8日、「湖水ニテ二夜三日御祈雨」とあり、現在の水沼神社で二夜三日、夜通し三日の雨乞い祈祷を日光院の主導で行った。他にも文政4年、同10年、天保2年、同3年、同6年、同10年、同14年、弘化2年(1845)、嘉永5年(1852)などにも雨乞い祈祷をしたとある。

 宮崎県新富町の水沼神社は六反田・野中地区の鎮守で、祭神水波能女神(みずはめのめのかみ)、闇淤加美神(くらおかみのかみ)、鳴雷槌神(なるいかづちのかみ)を祭る。創建不明。永禄(1558〜70)の頃には鎮座していたと伝え、宝殿などは湖水の中央にあったという(「県郷社以下寺院」)。
 祭神水波能女神は伊邪那美が火の神である迦具土神(かぐつちのかみ)を産んだとき、陰所(みほと)を焼き苦しみ、漏らした尿(ゆまり)より化生した神で、水神罔象女神(みずはのめのかみ)とも言われ水を主宰する。また闇淤加美神は伊邪那美が火の神の首を斬ったおり、剣の柄に集まり滴った血から生まれ祈雨止雨の神(『日本の神様読み解き事典』)とされる。

 江戸時代、高鍋藩は雨乞い祈祷を度々水沼神社に命じているのは、いずれも祭神が水に関わる神であり、さらに神社後方の湖水ヶ池には龍神伝説も存在する。
 妻に先立たれ娘と寂しく暮らす百姓太郎兵衛は池の近くに住んでいた。太郎兵衛は娘を大層可愛がっていたがある日いなくなり、もしかして池に落ち込んだのかと思い、名前を呼び続け池の周囲を捜した。すると、湖面が波立ち髪の毛をふり乱した娘が浮かんできたがすぐに池深く沈んだ。娘の姿を見たい一心で名前を呼び続けると、水面が渦高く盛り上がり緑色に光る大蛇が現われた。太郎兵衛は池の主にさらわれたことを悟り、「今日限りわが子は見んわい」と寂しく我が家に帰った。(『日向ものしり帳』)この池は「子見ずが池」と言われるようになった。
 寛政4年(1792)7月4日、江戸中期の尊王家高山彦九郎は湖水ヶ池について、「浜田を過ぎて小水ヶ池を左に見て行く、横壱丁斗(約100m)に南北十丁斗(約1.1)蓮池也」と記している。228年の年月に南北は半分になっているが蓮は生えていたことが分かる。

資料
『高鍋藩寺社帳 天保五年改正』
石川恒太郎『日向ものしり帳』鉱脈社
『宮崎県史料 第四巻 高鍋藩続本藩実録(下)』宮崎県立図書館
『高山彦九郎全集 第四巻』高山彦九郎遺稿刊行会
2020-03-23 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
昭和40年宮崎大卒。県内小学校、県総合博物館、県文化課、県立図書館を歴任、平成15年宮崎市立生目台西小学校校長定年退職。現在、宮崎民俗学会会長、宮崎県立博物館協議会会長、
(県)みやざきの神楽魅力発信委員会副委員長、(県)伝統工芸品専門委員、
(県)神楽保存・継承実行委員、「米良山の神楽」記録作成調査委員

【著書】
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
『近世日向の修験道』 (鉱脈社)、他

【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史』
『北浦町史』
『日向市史』
『みやざきの神楽ガイド』
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