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宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.125 商人が治めた城ヶ崎町
前 田 博 仁 ( 宮崎民俗学会会長 )
 城ケ崎は大淀川下流右岸に位置し、交易によって栄えた商人町。恒久村内。地名の由来は同じ村内の曽井城前(崎)と伝える。

 15世紀から16世紀にかけて室町幕府と明国の間で貿易が行われ、倭寇と区別するため明国が発行した合せ札で、遣明船であることを証明したことから、勘合貿易といわれた。明国の港寧波(ニンポー)と堺(大阪)を結ぶ航路は、瀬戸内海を経て博多・平戸を経由する海路と、瀬戸内海・豊後水道を経由し油津(宮崎県)から坊津(鹿児島県)、そして明国への海路、もう一つは土佐(高知県)を経て、油津から坊津への海路があった。坊津や油津は当時、薩摩島津氏の支配地で、2港以外に外浦(日南市)や折生迫、赤江(宮崎市)などの港にも寄港した。

 天文20年(1551)太田七郎左衛門が初めて城ヶ崎町を開き、天正15年(1587)10月に太田孫左衛門が城ヶ崎町別当職に就いた(「町村沿革調」)。
 太田孫左衛門が城ヶ崎の別当になった天正15年は、豊臣秀吉の島津平定に功績があったとして伊東祐兵が曽井城に入った年、まだ藩政も整っていない時期と考えられ別当という町役があったか疑問だが、太田家が自治的な地位にあったことは間違いないであろう。
 大淀川河口右岸には田吉村内の赤江町と城ヶ崎町が並び位置し栄えていたが、赤江町は寛文2年(1662)の大地震と津波で被災、今の位置に移った(『日向地誌』)。

 天保12年(1841) 祇園神社再興の棟札に「別当 太田清左衛門、老名 南村六郎兵衛、同太田久兵衛、同 南村徳蔵、本締方 小村長右衛門ほか8人」の名前が連なる(『赤江郷土史』)。

 飫肥藩は清武郷の新町(旧清武町)、城ヶ崎町(宮崎市)、飫肥の今町と本町(日南市)に別当を置き、政務を司らせた。城ヶ崎以外の町部当は主に下級武士である歩行(かち)・土器(かわらけ)など、軍組織では歩兵軍団に属する家柄から任命された。また農村には庄屋を置いたがこれも土器などから任命した。なお老名(おとな)の職務は別当補佐、本締方は会計事務などと思われる職務に携わったが、これら町要職は太田・南村・小村の3家が占めた。

 寛政4年(1792)6月13日、高山彦九郎は南方村から赤江町を経て城ヶ崎町に入り太田文平家に泊まる。14日15日は隣接する中村町に宿り、16日は再び城ヶ崎入り南村六郎兵衛の家に泊まり、太田可笛など俳人らと交流している。

 文化7年(1810)4月22日、伊能忠敬ら測量一行は朝六ツ(午前6時頃)江田村(宮崎市)を出立、蟹町や瀬頭、大淀川を渡って中村、姥ヶ嶋(以上宮崎市)などを測量し、九ツ前(12時頃)城ヶ崎町着き、本陣は梅香屋文平家、脇宿は和泉屋善右衛門家に泊まっている。
 伊能忠敬が城ケ崎を訪れたのは高山彦九郎の18年後、太田文平家と梅香屋文平家は同じと思われる。

『角川日本地名大辞典 45 宮崎県』角川書店
『郷土歴史大事典 宮崎県の地名』平凡社
『研究資料第一集 伊能忠敬測量日記』宮崎県総合博物館
『高山彦九郎全集第四巻日記篇』高山彦九郎遺稿刊行会
2020-04-28 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
昭和40年宮崎大卒。県内小学校、県総合博物館、県文化課、県立図書館を歴任、平成15年宮崎市立生目台西小学校校長定年退職。現在、宮崎民俗学会会長、宮崎県立博物館協議会会長、
(県)みやざきの神楽魅力発信委員会副委員長、(県)伝統工芸品専門委員、
(県)神楽保存・継承実行委員、「米良山の神楽」記録作成調査委員

【著書】
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
『近世日向の修験道』 (鉱脈社)、他

【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史』
『北浦町史』
『日向市史』
『みやざきの神楽ガイド』
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