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宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.113 長距離王国宮崎の基礎を築いた村社講平
前 田 博 仁 ( 宮崎民俗学会会長 )
 NHK大河ドラマの主人公 金栗四三が注目されているが、陸上長距離界で宮崎県がトップとなる礎を築いた村社 (むらこそ)講平がいる。小学生の頃、彼の努力について何回も聞かされた。旧制中学校(5〜6km)の登下校はランニングであったとか、青島までの7〜8kmを道路に並行する軽便鉄道の列車と競走したとか、オリンピックでは最後の1周で抜かれ4位となったことなど。

 講平は明治38年(1905)宮崎県宮崎郡赤江町(宮崎市)に生まれた。旧制宮崎中学校(県立大宮高等学校)在学時から陸上競技に親しみ、卒業後は県立図書館勤務の傍ら、陸上競技に励んだ。27歳で中央大学に進学、在学中の昭和11年(1936)ベルリンオリンピック選手に選ばれ、5,000m(記録14分30秒)と1万m(記録30分25秒)に出場し、どちらも4位入賞を果たした。その後、ヘルシンキやスットクホルムなどの海外遠征で活躍し、戦時中従軍するが復員後は毎日新聞社運動部記者として勤め、毎日マラソン(びわ湖毎日マラソン)、全国高等学校駅伝競走大会、全日本実業団対抗陸上競技大会等の創設に参画した。

 コーチとして、昭和31年(1956)のメルボルンオリンピック、昭和39年(1964)東京オリンピックで円谷や君原選手らを指導し、故郷宮崎から廣島庫夫を見出すなど後進の育成にも力を注いだ。

 昭和46年(1971)には宮崎県の長距離王国興隆への先駆者として、紫綬褒章を授与され、青島太平洋マラソンではフルマラソンの男女優勝者に「村社講平杯」が贈られている。平成10年(1998)没。

 村社講平が最も注目を浴びたベルリンオリンピックは、ナチスドイツが国威を世界に示す絶好の機会と記録映画「民族の祭典」が作られ、1万m競走も収録された。

 日本人の中でも小柄な身長160cmの講平がスタートから6,000mまでトップを維持し、身長2m近い強豪フィンランドの3選手と抜きつ抜かれつの死闘の果て、ラスト1周で力尽き4位となったが、これはチェコスロバキアの13歳ザトペック少年に感動を与えた。

 昭和56年(1981)多摩ロードレース出場のために来日したザトペックは「どうしても村社講平と一緒に走りたい。彼は私を陸上競技の道に進ませてくれた憧れの人なんだ」と希望、当時75歳であった村社は一緒に走ることを快諾した。レース後、ザトペックは「今日は我が人生で一番幸福な日だ。私にとってのヒーローであるムラコソと一緒に走ることが出来たのだから」と感動を語った。(「ウィキペディア」)

 ザトペックは1948年のロンドンオリンピック1万mで金メダル、1952年ヘルシンキオリンピックでは5,000m、1万m、マラソンで3個の金メダルという偉業をなした世界的に有名な長距離ランナーで「人間機関車」と呼ばれた。

参考資料:『宮崎県大百科事典』宮崎日日新聞社、石川恒太郎『赤江郷土史』、『みやざきの101人』宮崎県、『写真集宮崎100年』宮崎日日新聞社、「ウィキペディア」
2019-04-23 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
昭和40年宮崎大卒。県内小学校、県総合博物館、県文化課、県立図書館を歴任、平成15年宮崎市立生目台西小学校校長定年退職。現在、宮崎民俗学会会長、宮崎県立博物館協議会会長、
(県)みやざきの神楽魅力発信委員会副委員長、(県)伝統工芸品専門委員、
(県)神楽保存・継承実行委員、「米良山の神楽」記録作成調査委員

【著書】
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
『近世日向の修験道』 (鉱脈社)、他

【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史』
『北浦町史』
『日向市史』
『みやざきの神楽ガイド』
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