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宮崎、歴史こぼれ話
科学技術の発展を別にすれば、武士や庶民の生き方考え方などは現代と同じ。民俗的視点から学校の歴史学習では習わない当時の人々の生活を紹介します。
 
No.123 飫肥藩、領境に石柱を建てる
前 田 博 仁 ( 宮崎民俗学会会長 )
 志布志街道は飫肥城下から楠原、塚田、仏坂、榎原(以上日南市)、奈留、南方、西方、高松(以上串間市)を通り、薩摩領に入って志布志に至る。現在の日南市は飫肥藩、串間市は高鍋藩の飛び地で福嶋と言った。
「天保十四年(1843)三月二十六日、飫肥領境目札之尾幷石之元道筋え、此度目印石被立候付差支ハ無之哉掛合来ニ付、福しま代官立会之上御境目吟味差支無之ニ付返書差出候段郡代ヨリ申来」(高鍋藩続本藩実録』)。

 飫肥藩が領境の札之尾と石之元に境界碑を建立されるので、支障はないかと境を接する高鍋藩福嶋に立会の申し入れがあった。福嶋代官が立ち合い特に問題はなかったと福嶋郡代から本藩へ報告があった。藩境については相手藩も納得する所で決定する習わしであったようだ。
 飫肥藩と高鍋藩の藩境は現在ドライブイン「柿の木茶屋」付近にあった。地名「石ノ元」も近くに存在する。
 昭和52・53年(1977・78)宮崎県教育委員会の歴史の道志布志街道調査に関わり、藩境碑の所在を地元の人に聞くと、国道の舗装工事のとき廃棄したということであった。

 柿の木茶屋から串間に向かうと奈留峠、そこを下ると奈留集落があり高鍋藩の番所があった。尤も石ノ元にも飫肥藩の藩所があり、現在は耕地となっているが地元では「番所跡」と記憶している。志布志街道は石ノ元から西に折れ峠道を上って奈留に下るが、現在は藪となり旧道は見当らない。藪の中に大師像が残っているなど街道の痕跡を感じさせる。
 現在、日南市・串間市の境は奈留峠となっている。奈留峠の南東1km程に鯛取峠があり、そこにも「従是北飫肥領」と刻んだ石柱があった(『宮崎県の地名』平凡社)らしく、石ノ元の藩境碑は「従是北飫肥領」と記してあったと思われる。

 No.1は宮崎市清武町加納に建っていた藩境碑で個人の敷地にあったものを「きよたけ歴史館」に移設した。「是れより南飫肥領」。江戸時代、加納は飫肥領で源藤(宮崎市)は延岡領で境を接していた。平成合併までは清武町と宮崎市との境でもあった。

 No.2は宮崎総合博物館に移設された碑で「是より北飫肥領」とあることから、前述石ノ元の藩境碑とも推測でき、もしそうであれば地元民の「廃棄した」というのは思い違いか。

 No.3は宮崎市下北方町の景清廟に移設されている藩境碑、碑銘から源藤に建てられていたものと推察する。No.1とNo.3は互いに近く建っていたと考えられる。

 No.4は大淀川河畔に移設されたもの。「従是南西佐土原領」とあることから、現在の新富町富田に建っていたと思われる。「南西」は南と西の方角。新富町は昭和34年新田村と富田村が合併して成立、両村は江戸時代佐土原藩、同町三納代と日置は高鍋領だった。

 No.5は新富町三納代の八幡神社境内にある。八幡神社のすぐ南が藩境であったので、神社の近くに建っていたと推測、石碑下部は埋まっているのではなく欠損、「是より北と東、高鍋領」と解釈してよいだろう。


資料
『宮崎県史料第4巻 高鍋藩続本藩実録』宮崎県立図書館
『宮崎県「歴史の道」調査報告書』宮崎県教育委員会

2020-02-26 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
昭和40年宮崎大卒。県内小学校、県総合博物館、県文化課、県立図書館を歴任、平成15年宮崎市立生目台西小学校校長定年退職。現在、宮崎民俗学会会長、宮崎県立博物館協議会会長、
(県)みやざきの神楽魅力発信委員会副委員長、(県)伝統工芸品専門委員、
(県)神楽保存・継承実行委員、「米良山の神楽」記録作成調査委員

【著書】
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
『近世日向の修験道』 (鉱脈社)、他

【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史』
『北浦町史』
『日向市史』
『みやざきの神楽ガイド』
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