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みやざき風土記
県総合博物館・県文化課・県立図書館で民俗や文化財、郷土史料等専門的業務に長年従事した専門家が、風土や風俗、伝統芸能、地域史など宮崎の文化を分かりやすく紹介します。
 
No.170 宮崎の神楽にみる修験道の痕跡(1)
前 田 博 仁 ( 宮崎民俗学会副会長 )
修験道

 神楽は修験者(山伏)が伝えたといわれる。日本には古来より山岳を信仰するという考えがあり、それが外来の仏教(密教)や道教、儒教などの影響のもとに、平安時代末に一つの宗教体系を作り上げていったものが修験道である。修験道は山岳修行による超自然力の獲得とその力を用いて呪術的活動を行うことを旨とする実践的な宗教と言われている。

山岳修行

 修験者(山伏)は山に分け入り山や岩、滝、樹木などに宿る神霊を拝み、修行によってその霊力を得ようとした。山中では窟に籠った。窟は霊が集まる所と考えられ、窟に籠ることで霊と交わることができ、それによって霊力が身につくと信じられた。また山中では薬草を探すことも修行であった。
 修験道の主な道場は熊野、吉野、白山、羽黒山、英彦山などで、その中の熊野修験の影響は東では羽黒山にみられ、太平洋沿岸では下北半島にまで及び、西には瀬戸内を通って岡山県児島の五流修験、九州の国東半島、宮崎県の米良などに足跡を残した。中世期における熊野修験の活躍の跡は日本全国に及んでいる。(『修験道辞典』) 

 高千穂は熊野社の荘園であった。
 鎌倉時代前期、現在の宮崎県高千穂は「高知尾荘」といい、紀伊熊野山(和歌山県)の荘園であった。十社大明神(高千穂神社)は熊野神社の支配下にあり、そのころ熊野信仰が定着し高千穂の各地には多くの熊野神社が建立され、それらの神社では神楽も盛んに行われた。

神楽にみる修験道の痕跡

 山伏たちは入峰修行の際に山伏問答や延年、験競べ、花供などを演じ行った。山伏が地域社会に入り込み修験の要素が民間の芸能と習合し、神楽などの芸能が行われた。東北地方の山伏神楽、東海地方の花祭りや霜月神楽、中国地方の荒神神楽、九州地方の高千穂神楽などがそうである。(『修験道辞典』)

問答

 修験道における山伏問答の多くは、採(柴)燈護摩(さいとうごま)に先だって道場奉行と先達の間で行われる。例えば「山伏とは何か」、「修験道とは」、「開祖役(えんの)小角(おづぬ)とは」、「修験道の本尊は」など山伏の心得をわきまえているかどうかを問い、先達がそれに答える形で行われる。
 神楽でも問答が行われる。神と神主との間で交わされ、神は荒神や山の神、田の神などである。椎葉村嶽之枝尾神楽の「宿借り」と諸塚村戸下神楽の「山守」では、宿主(神主)と山の神の間で問答が繰り広げられる。宮崎平野南部の作神楽では神主役が田の神が持っている穀物や野菜について質問し、田の神はその謂れを時に話題になった時事を交えて、面白く答える。決まった文言はなく田の神役の奇知が大きく左右する。

 諸塚村戸下神楽の「山守」では山守と神主の掛け合いが行われる。
 先ず最初に「掛句」では、
神主 「迷故三界城、虚空十方空、本来無、東西が正南北とは如何に」
山守 「迷うが故に三界を知る。悟るが故に十方空し、無東来たりて東西何れの所にか南北あらん」
神主 「死したる者の声高きとは如何に」
山守 「山伏の腰に着けたる法螺の貝なり」と答える。

 「掛句」で「迷故三界城、悟故十方空 … 」と神主が問い掛けることばは「古徳之偈」といい、「迷いは三界に充ちているが、悟ってしまえば十方は空である。本来、東西もなければまして何処にか南北があろう」(『偈頌(げじゅ)』)の意。
 この後、「四季の句」「七ツ歌」「姿の句」など1時間ほど問答が続く。
 諸塚村桂神楽「荒神の言い句」は神主と荒神との間で行われ、神主の問に荒神が答える形をとる。
神主 「是生滅法とは如何に」  
荒神 「夏の霧」
神主 「生滅滅已とは如何に」  
荒神 「秋の露」
神主 「寂滅為楽とは如何に」  
荒神 「冬の霜」
神主 「是生滅法とは如何に」  
荒神 「仏の綱」         (後略)

 宮崎市船引神楽「メゴ」と神主の問答
神主 「お訊ね申す。お訊ね申す。その右手に持たるる物、お披露目聴聞仕る」
メゴ 「此の儀か、此の儀は、一切諸染み諸民の諸々の夢を醒ます目鈴と申す。何と神主得心致されたか」
神主 「然らばその左手の物をお披露目聴聞仕る」
メゴ 「この儀か、此の儀は貝が四寸に柄が尺、それで尺四(杓子)と申す。何と神主得心致されたか」
神主 「その股の物(男根)を、お披露目聴聞仕る」(略)メゴは断るが神主の再三の願いに
メゴ 「此の儀か、此の儀は伊弉諾(いざなぎ)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)より朕御宝(ちんみたから)を授け賜って、子孫繁昌の天の逆鋒と申す。何と神主得心致されたか」 (後略)
 この「メゴ」は増殖儀礼と豊穣の演目、神社では倉稲魂命(うがのみたまのみこと)の託宣としている。
2017-09-12 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
昭和40年宮崎大卒。県内小学校、県総合博物館、県文化課、県立図書館を歴任、平成15年宮崎市立生目台西小学校校長定年退職。現在、宮崎民俗学会副会長、宮崎県立博物館協議会会長、
(県)みやざきの神楽魅力発信委員会副委員長、(県)伝統工芸品専門委員、
(県)神楽保存・継承実行委員、「米良山の神楽」記録作成調査委員

【著書】
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
『近世日向の修験道』 (鉱脈社)、他

【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史』
『北浦町史』
『日向市史』
『みやざきの神楽ガイド』
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