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みやざき風土記
県総合博物館・県文化課・県立図書館で民俗や文化財、郷土史料等専門的業務に長年従事した専門家が、風土や風俗、伝統芸能、地域史など宮崎の文化を分かりやすく紹介します。
 
No.208 宮崎神楽の舞処諸相(7)
前 田 博 仁 ( 宮崎民俗学会会長 )
米良の神楽
 九州山地中央に位置する山村。江戸時代は米良山といわれ、鷹巣山支配として旗本交代寄合衆の米良氏が治めた。幕府領。米良山は明治22年西米良村と東米良村となり、昭和37年には東米良村が西都市に合併(中之又は木城町に併合)するが、領主が同じであったことや自然や生活環境など同一ということから共通する生活文化を有する。

 神楽も概ね同じと言ってよく、舞処を御神屋、神屋、舞殿といい神社境内に設ける。正面に柴垣そこに注連柱1本又は3本、その前に鳥居を立てる。正面に棚を設けて神を勧請した輿を安置し両脇に供物、特に猪首を供えるのは狩猟神事を重要視する米良山文化の特徴の一つである。棚の下は楽人の座とするのも米良神楽の特徴と言える。注連柱上部に黄・赤・青の色幣を立て、下に旭日を表す金や赤の円盤又は日の丸開扇をつけ、その下に照らされて赤く染まった雲を表現する赤布を横に張る。赤布を「雲」という。御神屋の四隅に椎木を立て、椎木間をシデをつけた縄を張り結界とする。御神屋の中央に天(あま)とか闢開(びゃっかい)、白海、梵天などいう天蓋を下げる。天には東西南北に向けて色幣を挿し、上部中央に黄幣を立て、その下に切り紙を包んだエナとか蜂の巣と呼ぶ「もの種」を下げる。御神屋にはムシロを敷く。

東米良の神楽
 銀鏡神楽は舞処を御神屋又は神屋という。椎木の柴垣を組み中心に太竹の注連柱を立てる。柴垣を「山」という。注連柱の最頂部に黄幣、その両脇に赤幣・青幣を斜めに挿す。そこに金色の日形その下に暁天の雲を表す赤布(雲)を付ける。その下に柴束を付け陰陽五行説に従って、東に青幣、南に赤幣、西に白幣、北に黒幣を挿す。注連柱から内神屋へ3本の綱を引き、中央の綱に天と呼ぶ径1.5m、幅50冂の天蓋を吊るす。天の側面には切紙を張り、中心から四方に向けて青・赤・白・黒の幣をつけ、中央に黄幣を立てる。天の中央に「もの種」を吊るす。柴垣の前に高さ1.5mほどの神饌を供える棚を作り、その下は太鼓などの楽人の座となる。棚の両端には雌雄の大蛇がとぐろを巻いた姿で置き、棚に接して紅白布を巻いた鳥居を立て、額束に「天照皇大神宮」と記す。山の前には3間に3.5間の広さにムシロを広げ、四隅に椎木を立てその間はシデを下げた縄を2段に巡らす。注連柱から内神屋へ張る2本の綱には「衣笠(みかさ)」と扇子を下げる。

 尾八重神楽は舞処を神屋という。注連柱の最頂部に黄幣3本を立て、開扇3面を合わせ太陽を表す。「闢開」という天蓋を吊るす、鳥居や棚を作る、楽の位置、神屋の広さなど銀鏡とほぼ同じ。ザンゼツを張り巡らす、鎮守から神を迎えた輿を棚中央に安置する、青・赤・白・紫の大布を注連柱から東西南北に張ることなどに特徴がある。

 中之又神楽は尾八重と一つの峠で隣接し、昭和37年木城町に編入されるまでは東米良村の一地区で尾八重と歴史と文化を共有していた。神楽は尾八重神楽と類似し、夜神楽に尾八重社人が参加し1〜2番を奉納していた。舞処を舞殿といい社殿脇に設え、高天原という。正面に2mほどの椎木の柴垣を作り、太い真竹を立て最頂部に赤幣、両脇に黄と青の幣を斜めにつける。これを「三神幣」という。日の丸開扇をつけ星空を表す青布を張る。布には数個の白星形と多数の白点が確認できる。舞殿の四隅と中間に高さ3m位の椎木6本を立て、相対する椎木にシデを下げた縄3本を張り、縄が交差する舞殿中央に円形の梵天という天蓋をつける。柴垣前の棚には鎮守社で招神した輿を安置し、棚の下は紅白の幕を張る。楽座は棚の下ではなく舞殿の正面左に設ける。青布、梵天、楽座の位置など独特の設えは中之又神楽の特徴と言える。なお、3本の色幣に日の丸開扇と赤布の設えは穂北や新田など神楽では「三光」という。

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 村所神楽の御神屋仕様は、正面に注連柱と鳥居を立て、山に接して神饌を供える棚を作ること、棚下に楽座を設けること、御神屋に「白海(びゃっかい)」という天蓋を吊るすことなど東米良の神楽と同じである。注連柱3本立て最頂部の3本の幣は金色、雲の赤布は両端を垂らす。鳥居が白木であるなどが銀鏡と異なる。正面神棚には天照大神と八幡神を勧請、舞場は2間四方でムシロ8枚を敷き、四隅に椎木を立て、椎木間はシデを付けた縄を巡らし清浄な空間と位置付け、祭典関係以外の立ち入りを禁じている。

 越野尾神楽は児原稲荷神社境内に御神屋を設置し、注連柱1本を立て赤や緑などの幣をつける。その下に赤色の日形を付け赤布を張る。柴束(ツト)に東西南北に色幣を挿す。御神屋中央に百蓋を下げ方角に合わせた色幣をつける。棚下に楽座を設ける、御神屋にシデを垂らした縄を巡らし結界とするなど米良の他地域神楽と殆ど同じ。御神屋はワラ製のムシロを敷きつめる。

 昭和初期、越野尾は八重から神楽を習ったが第二次大戦の動乱期に絶え、昭和41年保存会を発足し再度八重から習った。銀鏡に接する八重神楽は銀鏡杖立の弥吉という人物が門外不出の銀鏡神楽を教えたことから、越野尾神楽は銀鏡神楽と言える。

 小川神楽は米良神社拝殿で奉納する。東・西米良の神楽は神社境内や公民館庭など屋外で行われるが小川神楽は屋内である。昔は屋外であったという。注連柱は3本、最頂部は金幣3本を挿す。日の丸開扇や赤布、柴束の幣、鳥居など御神屋仕様は村所神楽と殆ど同じ。

 東・西米良神楽の御神屋仕様で異なるところは注連柱が1本と3本立てる違いである。注連柱に関しては氏子が願をたてる本注連と毎年の例祭神楽の略注連があり、椎葉神楽の「注連の願」に似たような願神楽である。

 銀鏡には注連柱3本、5本立てる「ホンシメ」と1本立てる通常の注連があり、本注連は願成就した人が立て、注連立てに必要な費用は全て負担することになっている。平成3年に立って以降近年は立っていない。
 村所の注連柱は「一本注連」と呼ぶ1本を立てる本注連と3本とか5本、7本を立てる略注連があり、本注連は祈願者の申し出で立て、通常は注連柱3本の略注連で立てる。
2020-11-10 更新
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著者プロフィール
前田 博仁(まえだ ひろひと)
昭和40年宮崎大卒。県内小学校、県総合博物館、県文化課、県立図書館を歴任、平成15年宮崎市立生目台西小学校校長定年退職。現在、宮崎民俗学会会長、宮崎県立博物館協議会会長、
(県)みやざきの神楽魅力発信委員会副委員長、(県)伝統工芸品専門委員、
(県)神楽保存・継承実行委員、「米良山の神楽」記録作成調査委員

【著書】
『近世日向の仏師たち』(鉱脈社)
『薩摩かくれ念仏と日向』(鉱脈社)
『近世日向の修験道』 (鉱脈社)、他

【共著】
『宮崎県史 民俗編』
『日之影町史』
『北浦町史』
『日向市史』
『みやざきの神楽ガイド』
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